Autor del artículo

Yamazaki Muneshiro
山崎 宗城
昭和39年 慶応義塾大学経済学部卒。国際羊毛事務局日本支部勤務。 横浜そごう勤務。日本流行色協会ファッションアドバイザー。 横浜スペイン協会事務局長。鎌倉日仏協会副会長。

cazuela

スペインのワイン産地をたずねて

2010年5月

 世界的な経済不況を受け、フランスの2009年度のシャンパーニュ出荷量は前年度比9.1%減少し、対EU圏内および対米・対日輸出も著しく減少しており、ロシヤ、中国、インド、ブラジルなど、シャンパーニュ新興国への輸出も期待通り伸びなかったと報じられている。一方日本市場でのスペイン産のCAVAの消費はずいぶんと年々増えているのではないだろうか。一時期人気の高かったイタリア産スプマンテをしのぐ勢いである。

 スペイン小皿料理のタパスやピンチョを出す店も増えてきており、リカーショップ内のスペインワインの棚も広くなって来ていませんか。近所のワイン店を覗いてみても、カタルーニャ地方のDO PENEDES DO TARRAGONA カスティリャ・ラマンチャ地方のDO LA MANCHA、DO VALDEPEÑAS、高級ワインのイメージのLA RIOJA、DO RIBERA DEL DUERO、さらに近年ナヴァラ地方やサラゴサ地方のワインやカスティリャ・イ・レオンのDO BIERZO、DO RUEDA、DO TORO、さらにエステュレマデュラ地方のワインも出てきています。スペインワインの産地を訪れてみての印象では、スペインのワイナリーは実直に良いワインを作ろうと努力していること、近代的な機械化による科学的で安定したワインつくりに取り組む一方で、伝統的な経験による、手摘み、自然の酵母、自然な発酵、最小限のフィルター処理、長期熟成などのものつくりの姿勢、スペイン固有の自然の多様性、自家製のワインを造る趣味の人々の多さなどが、感じられます。昨年秋にスペインの半分ほどの地域のワイナリーを訪れてみた中では、DO PRIORATOとガルシアのワインを報告しておきましょう。プリオラートへは、バルセロナから電車でレウスまで行き、駅にボデガのオーナーが迎えに来てくれてたずねました。


プリオラート地区のリコレラの大地

 プリオラートは、シエラ・デ・モンサンをはじめ四方を山脈に囲まれた山峡の地(quebrada)です。歴史上大変有名なカルトジオ会(シャルトル会)のスカラ・デイの小修道院(Prior de la Cartuja de Scala Dei)が謳歌した土地で、現在もその一部が残っています。12世紀に土地の領主ラモン・デ・バルボナの隠棲の地としての申し出を受けたSiuranaの領主とAlfonsoI世は、当時イスラムの勢力下の置かれていたこの地を再び復興させる策として、その申し出を受け入れ、さらにフランスから、カルトジオ会の修道士たちをエルミタの地、または共住修道士(cenobite)の地として呼び寄せ、開拓者・農民を呼び修道院とワインつくりの土地として復興を図ったのでした。その後もJaime II、Alfonso III、Pedro IIIの庇護も加わり、権利と特権を積み、1564年にはフェリッペII世もこの修道院を訪れ、さらにカルロスV、フェリッペIII世もその特権を認め17世紀、18世にその権勢を極めますが、この権力の乱用が元でやがて修道院は閉鎖され1835年の永代財産の売却(la desamortización)により修道士の追放が行われ、又修道院財産の略奪も加わって荒廃していきました。地質学的には、このスカラ・デイの地はスレート・粘板岩(pizarra)に覆われ、リコレラ(llecorell, llicorella, licorelles)と呼ばれ黒板が斜面(pendiente)を覆い、農民たちは、鍬とロバを使って段々畑(bancales)にぶどうを栽培して来ました。


収穫を終えたぶどうの木

 1954年に原産地呼称DOを取得、1999年には、リオハに次いでDOCとして指定され、少ない生産量ながら世界的に注目されているワイン産地です。セパ(Cepa)としては、赤ワイン用としては、カリニェナ、ガルナッチャが主で、さらにカベルネ、メルロ、シラーが、白ワインとしてはマカベオ、ガルナッチャ・ブランカ、ペドロ・ヒメネスが栽培されています。
 ガリシアのワイン産地の中では、オウレンセ周辺のDO RIBEIROとポンテヴェドラ周辺のDO RIAS BAIXASを訪ねました。特にリアス・バイシャスは他のスペインの産地のみならずヨーロッパの他国のワイン産地と比べても異なる点があります。


リアス・バイシャス地区の棚式ぶどう園

 ヨーロッパのぶどう栽培者のぶどうの栽培方式はほとんどVASOと呼ぶゴブレット仕立てか、垣根式の枝の誘引であり、日本の棚式のぶどう仕立てを忘れていた目には、ガリシア西北部のパラ・アルタ(ドブレとシンプレがある)方式のエスパルデラ(Espaldera)、即ち2.5-3メートルの高さのエンパラード(ぶどう棚)は、たちまち日本の風景を彷彿とさせるものであった。この背景には日本と同じガリシアの降水量の高さ、起伏に富んだ集落と自然の景観、大西洋の海岸を望む地形にあるためで、hórreoと呼ばれる高床式の穀物倉庫を持つ農家が多いのも、湿気から穀物を守る倉庫方式で、日本の田舎に残る土倉の蔵のイメージである。


ガリシア地方の農家のオレオ高床式穀物倉庫

 もともとの農家のぶどう畑が現在も残る地方であり、畑の中央にはとうもろこしやキャベツを植え、周りにぶどう棚をめぐらす集落が多い。さらに世代が変わると、子供たちに畑を分けて相続する家が多く、フランスのブルゴーニュに似て、小さな区画のぶどう園ごとに所有者が異なったり、売買したりしており、ボデガ(ワイン醸造所)も共同で経営する方式がうまく運営されているのもうなずける。醸造方式には、自動コントロールシステムの完備されたワイン造りを多く見ました。地元の素朴な煮込み料理、又海の幸マリスコスにはやはりアルバリーニョ100%の白ワインがベストである他に白ワイン用のラウレイラ、ゴデリョ、トレイシャデュラ、トロンテスが、又意外と知られていないが、リアス・バイシャスの赤ワインとしては、ソウソン、エスパデイロ、カイニョ、ペドラル、メンシアなどのぶどうが使われていて、ワイン通には選択の幅が広がります。

山崎宗城
横浜スペイン協会事務局長