Autor del artículo

Bantaro Seiro
世路蛮太郎
せいろ ばんたろう
1939年生。早稲田大学政経学部卒。大月書店を経て、鹿児島テレビ放送を定年退職。1980年頃からセルバンテスの蒐集と研究を始め「セルバンテス文庫」の運営、「「ドン・キホーテ」ノート」、「ドン・キホーテ通信」の自費出版、京都セルバンテス懇話会の機関誌「イスパニア図書」に会員として論文・エッセイ等寄稿。短歌・俳句歴15年。

現代日本のドン・キホーテ現象

2010年5月

 17世紀初頭のスペインで刊行されたセルバンテスの「ドン・キホ―テ」が、日本で初めて翻訳・紹介されたのは、19世紀末(明治20年)のことだが、それもスペイン語原典からの全訳ではなく、英訳からの重訳、しかも部分訳であった。したがって、「ドン・キホーテ」全二部の刊行からそれほど遠くない時期に、世界で最も早く翻訳・紹介・受容されたイギリスなどとは全く異なって、近代日本における「ドン・キホーテ」翻訳事業は、欧米に比べて大幅に遅れたのだが、それでも、その後、大正・昭和を経て平成の時代を迎えた、21世紀の現在では、英語からの二つの全訳、スペイン語からの四つの全訳が刊行されており、「ドン・キホーテ」全二部の翻訳・紹介に関するかぎり、日本もようやく欧米諸国並みの水準に近づきつつあると言っていい。

 ところで、古典とは読まれないが故に古典たり得るとよく風刺的に言われるように、日本においても、欧米においては、近代小説の祖として名高い古典中の古典「ドン・キホ―テ」全二部も、前述のように、スペイン語原典からの全訳がいくつも存在するにも拘わらず、一般にはほとんど読まれていないし、たとえ読まれているとしても、第一部だけで終わっている場合が大半である。にもかかわらず、日本においては、「ドン・キホーテ」の主人公の名前を知らない人は先ずいないし、その知名度の高さは、他ならぬ祖国の古典中の古典「源氏物語」の主人公・光源氏のそれをはるかに凌いでいるとさえ言っていいかも知れない。我々日本人は、たとえ「源氏物語」を読了していなくても、まるで自分の蔵書ででもあるかのようにそれを身近に感じているのと同じように、「ドン・キホーテ」が全二部から成る長篇小説であることをたとえ知らなくても、騎士道の理想のために闘うが常に敗北して行くスペインの中年の郷士に、それぞれの人生を重ねることによって、ドン・キホーテという文学的人物に、まるで親戚か親友のような深い親しみを覚えているのである。つい最近の例を二つ挙げるならば、或る全国的なディスカウント・ショップが社名にドン・キホーテを採用しているし、2008年度のノーベル物理学賞を受賞した益川敏英教授が、真理への憧憬に燃え続けたその研究者人生を、騎士道の理想に生きたドン・キホーテになぞらえているほどである。

 以上のように、「ドン・キホーテ」全二部を読了したことはないが、祖国の代表的な文学的ヒーロー、光源氏以上に、「ドン・キホーテ」の主人公に日常的な親近感を抱いている現代の日本人は、それでは、他にいかなる「ドン・キホーテ」現象を呈しているのであろうか?

 周知の通り、「ドン・キホーテ」は、そもそも長篇小説なので、先ず文学の分野について言えば、1994年度のノーベル文学賞受賞者(日本で二人目)である作家・大江健三郎が、「ドン・キホーテ」のパロディ精神をその小説方法論の武器として長篇小説「憂い顔の童子」(2002年)を書いており、西欧近代小説の祖「ドン・キホーテ」に対する最新の、そして、第一級の鋭く、深い読みを示している。また、現代日本の作家の中で国際的に最も良く読まれていると言われる村上春樹も、長篇小説「海辺のカフカ」(2002年)の中で、ドン・キホーテを彷彿させるナカタ老人とサンチョ・パンサを類推させる星野青年を主要な登場人物として巧みに形象化している。

 つぎに、文学の分野以外で、「ドン・キホーテ」に深くかつ長く関わっているのは、思想性の高いミュージカル「ラ・マンチャの男」(デール・ワッサーマン原作)の主役、歌舞伎俳優・九代目松本幸四郎である。松本幸四郎と「ドン・キホーテ」の関わりは、未だ六代目市川染五郎を名乗っていた1970年に、ニューヨーク、ブロードウェイで、ミュージカル「ラ・マンチャの男」を初めて英語で主演して以来、21世紀初頭の現在まで、その公演は約四十年に及んでおり、日本国内におけるその回数もすでに千回を越えているほどである。最近では、アルドンサ役の次女の女優・松たか子とも共演するなど、ミュージカル「ラ・マンチャの男」は、日本の歌舞伎界を代表する役者の一人、九代目松本幸四郎の文字通りのライフワークとなっている。

 なお、2007年には、これもまた、日本の新劇界を代表する俳優の一人、仲代達矢も、その主宰する無名塾の最新作として、「ドン・キホーテ」(全ニ幕)の公演を開始している。

 さらに、映画の分野で特筆すべき「ドン・キホーテ現象」は、1969年にその第1作が上映された、松竹映画「男はつらいよ」(脚本・監督、山田洋次)であり、主演の俳優、渥美清の死によって四十八作を最後に終了せざるを得なかったものの、日本の高度経済成長期の国民を熱狂させた「国民的映画」として、主人公の車寅次郎は、まさしく「日本版ドン・キホーテ」であった。なぜなら、山田監督は明示していないけれども、独身の中年男で、旅をしなければ成り立たないテキヤという職業に従事しながら、毎回、ドゥルシネアまがいの美しい女性に巡り会う車寅次郎は、「ドン・キホーテ」の主人公のイメージとどうしても重なるからである。

 その他、他の芸術分野でも、騎士道の理想の追求者、ドン・キホーテのイメージに触発された事例に事欠かない。たとえば、絵画の分野では、朝井閑右衛門や利根山光人をはじめとする洋画家たち、武井武雄や芹沢銈介などの版画家たちの画業に、ドン・キホーテが色濃く反映しているし、彫刻の分野では、池田宗弘が、信州麻績村の「エルミタ」で、精神性の高いドン・キホーテ像を造形し続けている。

 以上、「現代日本におけるドン・キホーテ現象」の主要な事例を列挙したが、前述したように、日本人の「ドン・キホーテびいき」は、21世紀以降も、世界中の全ての心ある「ドン・キホーテ・フアン」とともに、ますます持続・発展して行くであろう。この三十年間、セルバンテスの蒐集者・研究者として、セルバンテスや「ドン・キホーテ」と長い旅をして来た筆者としては、ルネサンス人セルバンテスの波乱に満ちた「人生と文学」が余す所なく表現されているこの世界的古典が、一人でも多くの日本人に、何よりも先ず「読まれる」ことを願うばかりである。

世路 蛮太郎
セルバンテス蒐集者・研究者