Autor del artículo

Enrique Sakai
エンリケ坂井
エンリケ・サカイ
ギタリスト、カンタオール
1948年岐阜県出身。16才よりフラメンコギターを志し‘72年スペインに渡る。
タブラオの長期出演などで多くの著名アーティストと共演、‘77年帰国し国内で演奏活動。‘88年セビリア市主催のビエナル音楽祭に招かれて出演。ランカピーノ、ロサリオ・ロペスと共演したライブCDの他、自身のSPコレクションを復刻したCD「グラン・クロニカ・デル・カンテ」を№10まで制作する。カンテの啓蒙活動として「フラメンコを歌おう」№1、2を出版、「カンテとパルマの会」を‘85年から主催して今に至る。

フラメンコの今と昔

2010年11月

 昭和30年代、中学生だった私はラジオから流れてくる歌とギターに血が騒ぎ、はじめてフラメンコという言葉を知った。高校生になって地方都市の先生からギターを習うようになったが、まだコピー機などない時代で先生が書いた手書きの楽譜を自分で書き写して覚えるという、まるで江戸時代の寺小屋のようなレッスンを受けた。

 うまくなりたい一心で、楽譜を受け取るとその日のうちに夜中までかかって書き写し、一週間で全部覚えて張り切ってレッスンに行ったものだ。

 折からギターブームがやって来て、仲間が集まる喫茶店で弾いたりしていたが、その頃クラシックギターの人達に言われたのは「フラメンコは派手に弾いてるけど、音は汚いし、ちっとも音楽的な深みがないんじゃないの」・・・ということだった。

 悔しいが、その当時フラメンコの持つ深い音色、リズムの妙、独特の雰囲気などはレコードを聴くと少しは解るのだが、一体どうやったら身につけることができるのか、田舎の高校生には皆目見当がつかなかった。

 さまざまな活動の末、これは本場に行くしかないと思って、自分でお金を貯め勇んでスペインに渡った。まだフランコ独裁の時代だった。

 幸いスペインでプロとして弾くようになり、だんだんフラメンコの深い所が解るようになってくると、これはなまじっかなことでは日本に帰れないと思うようになった。


ロサリオ・ロペスと


 2年が3年になり3年が・・・、そして長いことかかってフラメンコの深いフィーリングや間(ま)、音色、カンテ伴奏の妙味といったものをようやく体得したと思ったら、その間に世の中は目まぐるしく変化し、1980年代半ば頃から始まったモダンでノリの良い、いわば西洋音楽化した、土の臭いがないフラメンコが主流となってきた。私が追い求めてきたものはすっかり「古いスタイル」と言われるようになってしまったのだ。

 スペインでも本当のトカオール(古風で純粋なフラメンコを弾くギタリスト)はもうほんの一握りで絶滅危惧種になってしまった。

 ジャズや、民謡など他のジャンルでも同じことが起きているという。しかし世の中良くしたもので、若い人たちの中にも私のような古風なスタイルを好むアーティストが少数ではあるが出て来ている。長い年月残ってきた古典にはやはり永遠の価値があるのだ。

 かくして伝統と革新のせめぎ合いは続く。あと100年後フラメンコがどんな風に変化しているか知るよしも無いが、あの世から見てみたいものだ。案外先祖帰りしているかも知れないと期待しつつ。

文・写真 エンリケ坂井