Autor del artículo

Juzo Katakura
片倉 充造
かたくら じゅうぞう
天理大学国際学部言語教育研究センター教授。
天理大学アメリカス学会会長。
『スペイン学』編集委員。
専攻:スペイン・ラテンアメリカ 文学。
著書:『ドン・キホーテ事典』(共編、行路社2005)、『ドン・キホーテ批評論』(南雲堂フェニックス2007)、『スペイン・ラテンアメリカ図書ファイル』(沖積舎2009) 他。

書評 『ドン・キホーテの世界をゆく』
片倉 充造

2010年11月

スペインが誇るセルバンテスの世界的名作『ドン・キホーテ』(1605/15)についての綺麗な概説書(フォトエッセー)が登場した。美的感覚にあふれる100枚以上の関連写真で、全頁のおよそ70%相当が飾り付けられ、“和製ラ・マンチャの男”こと松本幸四郎氏の特別寄稿が花を添えている。

 「第3章冒険への渇望」での“羊の冒険”の解説文に導かれ、見開き写真(44~45頁)に目を凝らせば、騙し絵よろしく被写体である羊の群れが一部人影とも重なり合う幽玄な光景を愉しむことができるだろう。こうした、全くの絵空事ではなくある種の〈現実〉に基づいた〈非現実〉の表出というセルバンテスの手法は、シュルレアリズムやラテンアメリカ文学の〈魔術的リアリズム〉とも共通すると言える。

 「第6章主従の更なる狂気」でのシエラ・モレナの苦行([前編])や、「第8章新たな冒険と狂気」でのモンテシーノスの洞穴([後編])の謎は、ともに主要な「冒険」場面を成すものであり、当該地域についての高画質のカラー写真は、臨場感に溢れ、往年の宮本雅弘「ヴァーレ!さらば!‐独断と偏見で読む『ドン・キホーテ』‐」(川成・坂東・山崎・片倉編『ドン・キホーテ讃歌』、行路社1997年所収)の佳編を補完する雄弁なる風景を読者に提供して見せる。

 「第11章「現実の冒険」との遭遇」で、「本物の冒険」(153頁)はドン・キホーテの妄想を遥かに超えるものと直観的に自覚したであろう想像世界の騎士は、やがてバルセロナの浜辺で“銀月の騎士”の挑戦を受け、敗退する ([後編]64章)が、文献学者ロサ・ナバロ・ドゥラン『セルバンテスの場面集』(アリアンサ社、マドリード、2005年)のなかでの「ドン・キホーテは、バルセロナの浜辺で他界した。」という解釈に評者も共鳴するものである。作家セルバンテスの造詣が深かったとされるギリシャ悲劇の構成を用例とすれば、初め([前編]1~6章//[後編]1~7章)/中間([前編]7~46章/[後編]8~64章)/終わり([前編]47~52章//[後編]64章~74章)に相当する区分([前編][後編]全体および各編で、出発前/「冒険」の連続/帰還)と見ることもあながち無理ではないであろう。

 以上のとおり本書は、文筆家と写真家ならびに編集者の相互信頼に基づき、『ドン・キホーテ』の作品世界を実地に踏査・体験した“理想と信念で日常を力強く生きる”ための頼もしい文学案内書なのである。

かたくら・じゅうぞう
天理大学教授 スペイン・ラテンアメリカ文学



『ドン・キホーテの世界をゆく』
写真・篠田有史/文・工藤律子
論創社 (2009)