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Autor del artículo

Akiko Ichikawa
市川 秋子
いちかわあきこ
1963年生まれ。
御茶ノ水女子大学卒、上智智大学大学院博士課程(前期)およびバルセロナ自治大学博士課程修了。大学非常勤講師、在バルセロナ日本国総領事館専門調査員、在マドリード日本国大使館専門調査員を経て、現在通翻訳・コーディネート業。
共訳に「発禁カタルーニャ現代史」(現代企画室)、共著に「バルセロナ・カタルーニャ美術散歩」(JTB)、「バルセロナ散策」(行路社)、「ヨーロッパ読本-スペイン」(河出書房新社)がある。

cazuela

8年ぶりのゼネスト
バルセロナ現地レポート

2010年11月

 9月29日、スペイン民主化後最悪ともいわれる経済危機の中で行われたゼネストだが、その実なんだか目的がよくわからないストでもあった。
 10年近く続いた不動産バブル景気に翳りが見え始めたのは2007年だが、2008年の金融危機の影響で深刻さを増したのはいうまでもない。サパテロ政権は当初、80億ユーロ規模の市町村公共事業プランや失業手当支給枠の拡大などで乗り切ろうとしてきた。それが一転、公務員給与の引き下げや年金額の凍結などを含む財政支出削減策に転じたのは今年5月、スペインの財政危機に対する市場の懸念をどうしても払拭しなければならない必要に迫られてのことであった。

 この2年ほどで失業率がすでに20%近くに達するというひどい状況にもかかわらず、二大労組のUGT.とCC.OO.が目だった動きを示してこなかったのは、「社会福祉支出はカットせず拡大し続ける(そして二大労組への潤沢な助成も維持する)」というサパテロ首相の姿勢に、実は特に反対することがなかったからでもあった。だからこそ、世論もマスコミも、5月の政策転換をきっかけに二大労組がいよいよゼネストに打って出るのではないか注目したのだが、両労組書記長の反応はどうも煮え切らない。
 確かに6月8日には公務員のストが全国各地で行われたが、ゼネストの決行が本決まりになったのはバカンス突入が目前にせまった6月末であった。名目は財政削減に続いて政府が決定した労働市場改革への抗議。それにしても、9月29日というストの日程は、まるでしっかり夏休みをとった後でおもむろにストの準備にとりかかるつもりか…とでもいいたくなる(因みにCC.OO.のフェルナンデス・トチョ書記長のバカンスはバルト海豪華クルージングだったようで、9月になってから一部のマスコミで写真入りで報じられていた)。

 ともかくもスト当日、様子を見ようとバルセロナの町に出てみた。他の主要都市同様、交通機関でストの影響が目立ち、出勤の足を失った労働者も多かった。カタルーニャ広場や大学広場付近の中心街の商店は軒並みシャッターを下ろしていたが、組合旗をふりかざし揃いのTシャツでまわってくる二大労組のピケ隊への用心のようである。そのピケ隊もいささかお腹の出た面々ばかりで、不景気で本当に深刻な状況に陥っている人々の面影はない。数区画離れると、商店もレストランも営業中だった。
 正午近くに通りかかったカタルーニャ広場で、ちょっとした騒ぎに遭遇した。旧バネスト銀行ビルを占拠したグループが檄を飛ばし、ビラを配っている。ビルの壁にはカタルーニャ語で「政府は我々に嘘をつき、資本家は我々を搾取し、UGTとCC.OO.は我々を売った」と書きなぐられていた。長居しなかったからよかったようなものの、後で聞いたところではこの後州警察と小競り合いで双方怪我人が出たり、市警察のパトカーやごみコンテナに火がつけられたり、近くのジーンズショップと携帯電話の店が暴徒の略奪にあったりと、ずいぶん荒れたらしい。

 ストの翌日、UGTのメンデス書記長はデ・ラ・ベガ第一副首相とラジオ番組で仲良く同席していた。政府は一旦決定してしまった労働市場改革を撤回するつもりは全くないようである。思えば一体何のためのストだったのか… 一つだけ確かなのは、ストのおかげで多くの小売店が一日の売上を減らし、やむなく仕事を休まざるをえなかった勤め人が一日分の給料を棒に振ったということかもしれない。

市川秋子