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Autor del artículo

Shizuka Shimoyama
下山静香
桐朋学園大学卒。文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペインへ渡り、マドリード、バルセロナで研鑽。スペイン各地に招かれリサイタルを行い、「スペインの心を持つピアニスト」と賞される。ラジオ、テレビ番組に多数出演、これまでに多くのCDや書籍をリリース。現在、スペイン・中南米音楽を含む多彩なレパートリーをもつピアニストとして活発な演奏活動を展開。またクラシック界において、翻訳・執筆・講演・舞踊とマルチにこなすユニークな存在として注目を浴びている。

Official Website サラバンダ
http://www.h7.dion.ne.jp/~shizupf

裸足のピアニスト・下山静香のブログ 
http://ameblo.jp/shizukamusica
風に吹かれて、カスティーリャ

2011年02月

 スペイン的なるもの ―― この正体、実は結構やっかいである。よく言われることだが、「スペイン」という国を一言で表すことはできない。「太陽の国」なんて嘘であるし(ガリシアはとにかく雨ばかりだ)、「フラメンコ」はスペイン北部の人間にとってみたら"自分達のもの"ではないし、昨年のカタルーニャでの開催禁止決定にみられるように「闘牛の国」とも言い切れなくなってきた。アルハンブラ宮殿が世界に誇るイスラム文化の華なら、キリスト教の世界三大巡礼地のひとつサンティアゴ・デ・コンポステラも忘れてはいけない・・・等々。知れば知るほど複雑になってくるのである。ともあれ、長い歴史の中で多種多様な民族が地方ごとに違った混じり方をして ―― 地方によってはあまり混じらずに ―― 多彩で独特な文化・習慣を作りだしてきたのがスペイン。これは、かつてフランコ将軍が「スペインは一つである!」とスローガンをたててみても変えることができなかった、この国の本質といえるのではないだろうか。

 しかし。時はミレニアム前夜、前準備なしで「とりあえず来ちゃいました!」てな感じでスペインの土を踏んだ私(決して、準備が面倒だったからではない。実際スペインというところは、奇襲作戦のほうがスムーズにコトが運んだりする)はまだ、そんなことを知る由もない。しかも、最初に住んだマドリードや、この首都が位置するカスティーリャという土地柄についてはほとんど無知であった。もっとも、先入観のない白紙状態だったのは、逆によいことだったのかもしれないが・・・。  マドリードは確かに、都会ではあった。でも、パリやローマやロンドンと較べてしまうと、どこかあかぬけない印象は否めない。近郊のトレドやセゴビアといった古都からみればやはり歴史は浅い街だな、という気もしてしまう。しかし、私にとってのマドリード体験は「街」そのものよりも「人」であった。

 ここでは、街並みはもちろん堂々と存在しているのだが、そこに人々がなじみ溶け込むというよりも、まるで3D効果のように、背景からそれぞれの人間の個性がはっきりと立ちあがり、そのまま行き交っているように感じたのである。その"実在感"はしかし、他を寄せ付けないという類のものではない。逆に、「なんでもこい」という感じなのだ。そんな3D的人々に混じってマドリードの街を歩いていると、こちらもピンと背筋が伸び、元気をもらえた。それは、寒暖の差が激しく風も強い、厳しいカスティーリャの自然に耐えて胸をはって生きてきた人々の、誇り高きオーラの力といったら言い過ぎだろうか。かのラ・マンチャの男、ドン・キホーテを見よ。

・・・もっとも彼の場合は、その誇り高きオーラが少々暴走しちゃってるのだが。ちなみに「風が強く吹くところでは、人間はちょっとオカシくなっちゃうのよ。ドン・キホーテが証明してるでしょ!」とは、前号のエッセイにご出演のアンヘレスの弁。彼女は時々、どっきりすることを言う。そういえば彼女はサモラの出身、れっきとしたカスティーリャっ子である。

 やがて私は、そんなカスティーリャのキーワードを「野性の力」と命名したのだった。それは、異国で独り暮らす私が自らのうちに育てていくべき相棒、同志でもあった。

 そろそろ、私のスペイン滞在の目的は音楽研鑽であったことを思い出そう。まず取り組むべき課題となったマエストロ・ロドリーゴのピアノ曲は、譜読みから大変だった。長大な曲はないのだけれど、音が多くて細かい指さばきも必要だ。何しろロドリーゴご自身がものすごいピアニストで、「見えている」ことはむしろ邪魔なのではないかしら?と悩んでしまうほどに、素晴らしく冴えたテクニックの持ち主だったのだ(前号で書いたように、マエストロは盲目であった。)しかしそのうち、独特な「ロドリーゴの音」に私の耳と指が慣れてきて、暗譜もすんなり頭に入っていくようになっていった。

 マドリード生活にも少し慣れてきた頃。市立図書館で企画されたイベント「ロドリーゴとアルベルティ」への出演依頼があり、ラファエル・アルベルティの詩の朗読に組ませてロドリーゴのピアノ曲を演奏することになった。(ロドリーゴもアルベルティも、1999年に世を去っている。)このときプログラムに選んだ作品のひとつ《4つの小品》の第一印象は、〈バレンシア舞曲〉を除いて、「カスティーリャの匂いがする」ということだった。確かに〈カレセーラス(御者の歌)〉はマドリード出身の作曲家チュエカに捧げられているし、〈安宿のファンダンゴ〉もカスティーリャっぽいなと感じてはいたが、それはまだ漠然とした感覚であった。

 そんなある日、〈カスティーリャの王女の祈り〉を弾いていて、あっ、と思ったのだった。腑に落ちた、というやつである。毎日マドリードの街を歩き、そこに住む人々と交流しながら身体全体で取り込みつつあったこの土地の「気」と、この曲がもつ空気が、音を創りだしている自分の内でひとつになった瞬間であった。気高さ、芯の強さ、そして誇り。それらがまさに「カスティーリャの王女の祈り」となって紡がれていく・・・。そのときから、私のなかのロドリーゴは、音の連なり(横方向)や和声の積み重ね(縦方向)のみの認識ではなく、まさに3Dの、奥行きのある世界として存在するようになったのだった。スペイン音楽は身体で会得するものなのかもしれない、と思ったのはこのときである。ちなみに、ロドリーゴはいにしえの宮廷舞曲などにインスピレーションの源泉を求めていて、それがカスティーリャともつながるということは、あとになって知ったことである。

 図書館でのコンサート本番がやってきた。朗読を担当した俳優さんは、憂いを帯びて低く響く声の持ち主で、彼が詩を読み上げたあとの空間を、クリスタルな響きのロドリーゴの音世界で満たしていくのは刺激的な経験だった。さて、このとき聴きに来てくれたスペイン人陶芸家いわく、「シズカって本当は激しい女性なんだね。演奏を聴いてそう思った」うーむ。演奏は自らを映す鏡というけれど?!・・・聴く側の"感じる自由"を尊重するためにも、本人コメントは差し控えることにしよう。

 むろん、スペイン音楽に現れるエッセンスはまだまだある。かなり重要と思われるのが「グラシア」graciaだ。洒落た、こっけいな、気品、魅力・・・など様々なニュアンスの意味合いを持つが、それらをひっくるめて 「粋」といえるのではないかな、と私は思っている。それはまさに"エッセンス"なのであって、効かせ方次第では本体が粋にも野暮にもなってしまうという代物。この「グラシア」はどちらかというと優美なイメージだが、同じ「粋」でもマドリード的に気取り度が強くなると「チュレリア」chuleríaとなる。形容詞形「チュロ」chuloは「生意気な」とか「カッコいい」という意味があり、現代日本語にあてはめるとさしずめ「イケてる」といったところだろうか。チュレスコというと「マドリードの」「下町っ子の」を指す・・・マホとマハの世界に突入である。

 マホ、マハとくれば、連想されるのはやはり、スペインを代表する画家の一人フランシスコ・デ・ゴヤだろう。「マホ」は伊達男、「マハ」は粋な女といった意味で、ゴヤが生きた18世紀頃マドリードの下町を闊歩していたイケてる方々のこと。ゴヤは、彼らをしばしばそのキャンバスに登場させているが、このマホとマハの風俗を、上流階級の人々がこぞって真似たという一大ムーブメントがあったわけである。いわば、コスプレの感覚だ。ゴヤの筆になる"マハ風のアルバ侯爵夫人"を目にしたことのある方もいらっしゃるかと思う。

 そして、このゴヤのパレットとその時代に惚れてしまった作曲家が、カタルーニャ出身のエンリケ・グラナドスである。彼のピアノ音楽の集大成にして最高傑作といえる組曲《ゴイェスカス 恋するマホたち》では、マホとマハが織りなす「愛と死」の物語が描かれる。「僕はゴヤの心とその色合いに恋焦がれている」 ―― そんなグラナドスの想いが詰め込まれているかのように、演奏技術的にも音楽内容的にも濃厚そのもので、否が応でもピアニスト魂が刺激されてしまう。カスティーソなロドリーゴ作品の全曲制覇に取り組んでいた私だが、ロマンティックの極致であるこの《ゴイェスカス》の魅力にも抗いがたかったのである。

 「ロドリーゴばかり練習していたのでは偏ってしまうものね?そーよそーよ、その通りだわ!」

一人二役、実に双子座的発想(言い訳)であるが、ともあれ、あれもスペイン、これもスペインなり。

 こうして両天秤をひっ下げた私は、またなんだか嬉しくなって、さらなるスペイン音楽探検を続けていくのであった。 (続く)

下山静香


マドリード、マジョール通りをソルへ