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Autor del artículo

Shizuka Shimoyama
下山静香
桐朋学園大学卒。文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペインへ渡り、マドリード、バルセロナで研鑽。スペイン各地に招かれリサイタルを行い、「スペインの心を持つピアニスト」と賞される。ラジオ、テレビ番組に多数出演、これまでに多くのCDや書籍をリリース。現在、スペイン・中南米音楽を含む多彩なレパートリーをもつピアニストとして活発な演奏活動を展開。またクラシック界において、翻訳・執筆・講演・舞踊とマルチにこなすユニークな存在として注目を浴びている。

Official Website サラバンダ
http://www.h7.dion.ne.jp/~shizupf

裸足のピアニスト・下山静香のブログ 
http://ameblo.jp/shizukamusica


Enrique Granados
エンリケ・グラナドス (1867-1916)
愛と死をめぐる心模様
― グラナドス《ゴイェスカス》―

2011年05月

 「スペイン的な生き方」―― 人によって、その解釈は異なるだろう。それぞれの体験や求めるものによっても左右されると思うけれど、私がスペインで学んだのは、感情をごまかさないこと。そして「今、この瞬間」を大事にすることである。言い換えれば、そのとき持っているエネルギーを出し惜しみしない、ということだ。常に全力で「今」楽しみ、「今」悲しむ。そこで燃焼してしまうからこそ、また新たなエネルギーも生まれてくる。もちろん、人間が生きる拠りどころとして、過去を思い出すことも、未来を思い描くことも大切だけれど、過去を創り、未来への扉を開くのは結局「今、この瞬間」の生き方でしかない。今を悔いなく過ごすことに集中していれば、人生はもっとシンプルになるはず(そういえばスペイン人はよく言う、「No te compliques la vida」〈人生を複雑にするな〉と)。
 ところが、そう簡単にはいかないものがある。例えば、恋愛。

 「愛って何?」これは、人間が問い続けてきた永遠のテーマである。しかも、そこにはほとんど「進歩」というものがない。1000年前も2000年前も21世紀になった今も、相も変わらず同じようなことで悩んだり苦しんだり、天にも昇る気持ちになったり世界の終わり的気分になったりしているのだから。不可思議な心の営みの最たるものが「恋愛」、と言っていいかもしれない。となれば、人間の内面を探究する行為でもある芸術が、そこに創造の豊かな源泉を求めるのも自然なことである。したがって、古今東西、様々なジャンルで「恋愛もの」の名作が生まれてきたわけだが、中でも目を引くのは「悲劇的な愛」ではないだろうか。愛を「今」全力で生きようとすると、悲劇的な結末に向かって進んでしまうことがある。一度かけ違ったボタンは元に戻らず、もつれた糸はほどけず、狂い始めた歯車は止まらない。そんな「宿命」の様々な物語は、決してフィクションの世界だけに存在するものではない・・・。

 「情熱的な恋愛」はロマン主義者たちが好んだ世界だが、スペインの音楽家で特にロマンティストといえるのがエンリケ・グラナドス(1867-1916)である。グラナドスは、イサーク・アルベニスとともに、スペインの近代音楽を国際的な地位に高めた作曲家だ。ともにカタルーニャ出身で、天才的なピアニストでもあった2人は7歳違い。タイプは違うが、グラナドスはアルベニスを兄のように慕っていた。さらに、2人とも「スペイン近代音楽の父」と呼ばれるF.ペドレル(音楽学者・作曲家)に影響を受け、スペイン固有の音楽をみずからの創作に生かしていったのだが、晩年になるにつれ、その音楽は単に「国民楽派」としてくくってしまうにはあまりにも深いものとなっていく。民俗的な魅力の範疇を越え、スペイン的要素を手段としながらもグローバルな感性に訴える強い力をもつに至ったのであり、師・ペドレルが目指したものを彼らは見事に実現したわけだ。

 グラナドスの音楽が創りだす世界は詩的で、感情の潤いを湛えた響きがする。確かに、スペインのお国ぶりを感じる作品も多く書いてはいるが、「私の音楽は、自分の性格から生まれる」という彼自身の言葉を引きあいに出すまでもなく、優しさや愛情深さ、繊細さといった彼の人柄が音楽に滲み出ているのだった。そして、彼の印象を決定づけている、憂いを帯びた大きい瞳・・・何が映っているのだろう、と思わせるどこか夢見がちなまなざしも、その音楽から醸し出される切なさに重なることがある。

 そんなグラナドスが共鳴し、創造意欲を強くかきたてられたのが、激動の時代を生きた天才画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)の世界だった。「ゴヤとアルバ公爵夫人、モデルの女たち、いさかい、色恋沙汰、愛の言葉・・・飾り房つきの黒ビロードや絹のレースに映える白薔薇のような頬、しなやかな腰つき、真珠母のような手、黒髪にさしたジャスミン、それらすべてが僕を夢中にさせてしまった。・・・」グラナドスの私信に書かれたこの言葉はそのまま、ゴヤの世界への熱烈な愛の告白だ。美しいもの ―― もちろん「美しい女性」も含まれる ―― に接していると全てを忘れてしまうようなグラナドスがゴヤの絵筆に見出した、熱っぽくて生き生きとしたマホ(伊達な男)とマハ(粋な女)の魅力。しかしゴヤには、版画集『ロス・カプリチョス(気まぐれ)』に顕著に現れているように、人間の内面に潜む暗い本質を容赦なくえぐりだすような作品もある。「人間」を洞察するゴヤが描き出した世界は、グラナドスならではの感性を通した「心の音」として熟成されていった。そして、彼の最高傑作 ―― "ゴヤ風の"という意味のタイトルを持つピアノ曲《ゴイェスカス 恋するマホたち》が生まれたのだ。

 マホとマハが織りなす愛を描いた《ゴイェスカス》(全6曲)は、明るい「レキエブロス(愛の言葉)」で幕を開ける。レキエブロRequiebroとは、男性が女性に投げかける口説き文句、褒め言葉のこと。ただ、いわゆる「ピロポ」とはちょっとニュアンスが違う。ピロポは今風にいえばナンパ(?!)に近いかもしれないが、彼らは決して、ただ「軽い」わけではない。スペインの伊達男たちにとって、素敵な女性に声をかけることはいわば礼儀であり、もっといえば義務なのである。そして、艶然と微笑みまんざらでもない風でありながらも、とりあえずさらり素通りする、それが"イケてるマハ"の流儀(いわゆる "媚び"が出てしまったらマハ失格)。ともあれ、この曲は優美かつ心が浮き立つような曲調なのに、技巧的にハードなのがピアニスト泣かせである。しかも、第1曲目にしてその難局(難曲)をさらっとこなさなければならないのだ。ちなみに、この曲をベースにグラナドス自身が演奏している録音が残っているのだが、「音は人を表す」とはよく言ったもの。華麗絶妙な気品と粋のセンスは鳥肌ものである。

 第2曲の〈格子窓の語らい〉は、家の中のマハと外にいるマホが格子窓を挟んで愛を語るデュエット。すぐそこにいるのに、触れ合うことができない・・・これは恋人たちの気持ちを昂ぶらせること間違いなしのシチュエーションだ。しかしこの曲は、ただその愛の甘さに浸っているのではない。ほの暗い夜の空気、どこに落ち着くのかわからない緊張感が漂う音楽のひだの中に、恋する人なら経験するであろう微妙な感情のすべてが見え隠れするのだ。そのひだにはすでに悲劇の予感が忍び込んでいて、第5曲〈愛と死 バラーダ〉でついに現実のものとなる。ほとばしるようなドラマティックな曲想のなかに、それまでの4曲に登場したモチーフが現れては消え、2人の愛の軌跡を回想する走馬灯のようにめぐっていく。甘美な陶酔感と悲劇性が紙一重でせめぎ合っているこの曲は、作品中一番の山場だ。そしてマホは息絶え、葬送の鐘が響きわたる・・・。しかしこの作品、まだここでは終わらない。〈幽霊のセレナータ〉というエピローグが控えているのである。主役は、死んだマホの幽霊だ。全てが終わってしまったあとだからだろうか、この曲には不思議な浮遊感がある。そして最後に、ギターをつま弾きながらマホがかき消えた瞬間、私たちに残されるのは、「人生は、愛はかくも儚い」という思いなのだ。

 グラナドスが初演した《ゴイェスカス》は大成功を収め、ヨーロッパ中で話題となる。彼はさらに、みずから「ひとつの理想に到達した」と評価したこのピアノ作品をオペラに改作する。F.ペリケに依頼した台本のあらすじは、陸軍大尉フェルナンドと闘牛士パキーロが、パキーロの恋人ペパの嫉妬を発端に決闘に至り、傷ついたフェルナンドは恋人ロサリオの腕の中で息絶えるというもの。ゴヤにインスピレーションを得たグラナドスのピアノ作品は他にもあるが、特に《ゴイェスカス》と同時期に書かれたとされる〈わら人形(エル・ペレレ)〉が知られており、オペラ版《ゴイェスカス》はこの〈わら人形〉(オーケストラ+合唱+パキーロ)で幕開けとなる。「わら人形」と聞くとつい、釘打ちされたオソロシイ呪いのわら人形を連想してしまうが、これは、広げた布を皆で持ち、その上にわらでできた人形を載せてポーンポーンと空中に飛ばすという無邪気な遊びで、ゴヤの絵画(タペストリーにもなっている)にも描かれている。〈わら人形〉にはまさにこの楽しい遊びの雰囲気が表されていて、歌われる内容もマドリードのマホとマハによる恋愛讃歌である。「ペレレよ、高く飛べ!愛はいつも、こんな風に飛んで楽しんでいるのだ!」・・・でも、その愛を操る糸は、本当は誰の手の内にあるのだろう?・・・もしも、冒頭に置かれたこのシーンに「恋愛なんて、所詮こんな風に弄ばれるわら人形のようなもの」という暗喩が込められているとしたら。その後に起きる悲劇も、その悲劇と全くかけ離れているかに思えるこの明るい〈わら人形〉の曲調も、にわかにリアリティを帯びてくるように感じるのは私だけだろうか。

 オペラ《ゴイェスカス》は、ピアノ組曲作曲の3年後(1914年)に完成したが、パリのオペラ座で行われるはずだった初演は、第一次世界大戦が勃発したあおりで中止となってしまう。代わりにニューヨークのメトロポリタン歌劇場が初演を受け入れ、グラナドス夫妻は初演に立ち会うためニューヨークへと旅立った。水が大の苦手で、船に乗ることを極力避けていたグラナドスだったが、《ゴイェスカス》のためなればこそ、その恐怖にも耐えたのだろう。しかし、その決心が、結果的に悲劇を招くこととなる。オペラの成功を見届け、アメリカにいる友人たちにも手厚くもてなされて楽しく過ごした夫妻だったが、滞在も2カ月余りが過ぎ、愛する子供たちが待つバルセロナへの帰路を急ぎたくなった。いま英仏海峡を航行する一般の船に乗るのは危険だ、と忠告する友人たちもいたのだが・・・。そして果たせるかな、2人が乗った急行郵便船サセックス号は、ドイツのUボートによる無差別魚雷攻撃の的となってしまったのだ。海に投げ出され、一度は救命艇に助けられたグラナドスだったが、波間に妻の姿をみるなり、再び夢中で海へと飛び込んだ。 ―― そしてそのまま、2人は帰らぬ人となったのである。まるで、グラナドスが心血を注いだ《ゴイェスカス》に宿る暗い引力に引き寄せられてしまったかのように。

 何よりも嫌いな水の中に、彼が一瞬の迷いもなく身を投じたのは、ひとえに妻アンパロへの深い愛ゆえだった。愛は、人を立ち上がれないほどに打ちのめすことがある。しかし人を一番強くするのもまた、愛なのかもしれない。

 愛は永遠?それとも刹那?・・・きっと、その両方なのだ。音楽も、人生も、同じさだめを抱えている。だからやはり、「今」を精一杯生きなくてはならない、と思う。そんな精一杯の「今」をずっと紡いでいくのが、永遠への道なのかもしれないのだから。

文・写真提供  下山静香


グラナドス生誕の街・レリダ