“CUIDADO CON LAS SEÑORAS” 出演の思い出

2011年08月

 古い話、1968年のこと。ある日私がマドリードの下宿で受けた電話にスペイン映画出演の依頼があった。「皿洗いのような役ならお断りします」と言うと、「主人公に柔道を教える、ストーリーの展開上欠かせない役です。その後主人公は強くなります」と回答があり引き受けることにした。折から私は、国外持ち出し上限額500ドル(18万円相当、スペインでの下宿生活約半年分)とパスポートの盗難に遭って間もない事情も抱えていた。

 映画は Izaro films社の “Cuidado con las señoras”(クイダード コン ラス セニョーラス「ご婦人方に要注意!」)と題する喜劇であるが、3名の殺人事件も絡むサスペンス仕立てになっている。主役はJosé Luis López Vázquez ホセ・ルイス・ロペス・バスケス 。日本ならちょうど森繁久弥のような存在、そして風貌は伴淳三郎に似たスペインを代表する俳優の一人である。彼はその生涯(1922–2009)において220本以上の映画に出演した。共演者の中には世界名画のひとつ “Marcelino, pan y vino”(「汚れなき悪戯」1955)で神父の一人を演じたJuanjo Menéndez フアンホ・メネンデスが、主人公(小児科医)の相棒(私立探偵)として顔を出している。

 収録当日に監督は「柔道と空手をミックスしたような演技をお願いしますが悪しからず」と念を押してきた。大きな額縁に日本語を入れてほしいとの要望もあったので、私は太いマジックペンで「柔道は礼に始まる」と記した。スクリーンではわずか数分間、頭にタオルを巻き眼鏡をかけたままの、本来なら有りえない扮装で主人公が柔道を習う。しかしその撮影には半日を要した。そのうちの1カットで、彼を投げる寸前に動きをストップする所作を繰り返すうちに私は疲れてしまい、何度目かに<肩車>の技の流れのまま主人公を投げ落としてしまった。引き手で道着の袖口をしっかり掴んでおり怪我の心配はなかったのだが、「オー、ノー!」 と叫んで監督が飛んできた。作品の封切り後自分の出るシーンを見たさに2度ばかり映画館に足を運んでみると、そのときの映像が使われている。コマを繋ぎ合わせるよりは迫真性に富んでいたらしい。

道場主の役をフィリピン人が演じたり、効果音にドラの音を用いたり、当時の喜劇ゆえに許されるのどかさもうかがえるが、物語の構成、随所にちりばめられたユーモアの数々、新鮮な音楽、そして何よりも登場人物たちの交わすクリアなスペイン語は魅力である。現在はパソコンや携帯のyou tubeで鑑賞できるこの映画の古いビデオテープを、私は今も大切に保管している。 主役を演じたJosé Luis は一昨年他界した。

山崎信三