Autor del artículo

Masao Kuwabara
桑原真夫
くわばらまさお
1977年よりほぼ毎年スペインを訪問。1984年から1989年まで銀行員としてマドリッドに駐在。ヨーロッパ在住約14年。 スペイン関係主要著書;『斜めから見たスペイン』(山手書房新社)、『それぞれのスペイン』[共編著](山手書房新社)、『スペインの素顔』(河出書房新社)、『スペインとは?』(沖積舎)、『ロサリア・デ・カストロという詩人』(沖積舎)、『我が母へ』(沖積舎)、『ガリシアの歌・上巻』(行路社)、『花へ』[写真詩集](山手書房新社)他多数。

マドリッドの夜(7)

 レストランは私がマドリッド駐在時代からゆきつけの「四季」にした。スペイン語では「クアットロ・エスタシオネス」で、住所はPaseo San Francisco de Salesに交差するGeneral Ibáñez de Ibero, 5であった。このレストランはなかなか感じの良い店であり、サービス、料理、お酒ともにまずまずであった。しかも私がリザーブするときはいつも一番奥の静かなテーブルを確保してくれる。

 エウヘニアは目の覚めるような緑のドレスで現れた。本職がバレリーナだけあり何を着ても決まってしまう。この夜はひときわその美しいドレスと鍛えられた肉体とが共鳴するような華やかさであった。ボーイが静かに流れるように二人を一番奥のテーブルに案内する。さっそくワインで乾杯。私はこのときリベラ・デル・ドゥエロの最高のワイン、ベガ・シシリアのウニコを注文した。奥床しくも軽やかなこのワインは特別なケースでない限り注文はできない。

 乾杯してから彼女が結構ワインがゆけることが分かった。ひょっとしてワインの造詣は私以上であったかも知れない。この夜は昨日に引き続き、更に打ち解けて話をすることができた。ダンスの練習の厳しさや、1年の大半を各国の公演旅行に費やしていることや、それまで私には未知の世界であったバレエについて種々新しい知識を吹き込んでくれた。それからスペインの音楽界のこと、日本とスペインの詩壇のこと、ロサリアのことベッケルのこと、二人の話は弾み止まるところを知らない。私がヨーロッパ女性を好ましく思う点は、この会話の面白さである。知的な女性であればあるほど話は発展し、ユーモアがそこここに織り込まれ、煌びやかな男と女の世界が花開く。

 余談ではあるが、知的なヨーロッパ女性の共通するところは「自分が今生きていることの意味」を理解していることである。これまでに知己を得た女性は、外交官夫人もおり、政府の要人もおり、詩人・作家もおり、画家もおり、国際ジャーナリストもおり、大学教授もいる。みなさん「人生の短さについて」よく知っている。そのあたりの人生観については私の尊敬する野々山真輝帆さんが『あまりにスペイン的な男と女』(毎日新聞社)の中で、「イサベル・プレイスレル」と「アルバ公爵夫人」の例で巧みに表現している。また、最近読んだ『結婚しても愛を楽しむフランス女たち、結婚したら愛を忘れる日本の女たち』(吉村葉子著;双葉社)という長い題名の本では、ヨーロッパ(フランス)女性がいかに「あるべき姿の女性」というものを知っているか、そしてそれをいかに演じているか詳しく述べている。

 さて、気がつけばもう午前1時を回っていた。そこでやっと私は、「今日は本当に楽しい一夜でしたね」と言って緞帳の下りるサインを送った。まだ会話の楽しみを続けたい様子の彼女ではあったが、私自身に旅の疲れを感じ始めていた。タクシーを呼びアルフォンソ13世通りにある彼女の自宅まで送っていった。幸せな充実感に満たされながら、大きな門構えのその家の前で再会の約束と軽いキッスをして別れることとなった。彼女のあの空を翔るような後ろ姿が門の中に消えるのを見届け、私は待たしてあったタクシーで我がホテルへと向った。どっと会話の疲れと心地よいワインの酔いが回ってきたのであった。

 翌朝起きてみるとなにか贈り物が届けられていた。VHSのビデオテープであった。それは彼女からの贈り物であった。彼女のダンスが録画されたビデオであり、日本に帰ってから見てくださいとメモが入っていた。慌ててお礼の電話を彼女の自宅に入れた。ところがすでに公演のため今朝早くブルゴスに立った後であった。日本に帰ってきて心を込めて彼女に礼状を書いたのは勿論である。

(この章つづく)
 
桑原真夫