Autor del artículo

Yoshitaro Ito
伊藤嘉太郎 / いとうよしたろう
神戸市外国語大学イスパニア学科卒
大手電機メーカーで長年中南米海外事業に従事
現在京都外国語大学非常勤講師(ビジネススペイン語担当)
京都セルバンテス懇話会会員

出所: スペイン国立図書館


騎士道物語を中世スペイン語の原典で楽しむ

2011年11月

  “¡Ay cabtivo de mí, que ninguna esperança de bien me queda! Quité de la muerte a Tarisio quando lo libré de la muerte de Guamezir, e por darle a él la vida dí a mí la muerte, que me converná de morir muy cruel muerte quando viere a Griana en poder de Tarisio. No me queda ya otro bien sino de pensar de morir por aquella que par en el mundo no tiene; e aquélla sabrá la causa de mi muerte e se dolerá de mí como aquella en quien cabe toda bondad e mesura. ¡Ay Griana, cómo me valiera mucho no verte, pues que tan esquiva me havía de ser mi ventura que yo no pudiesse gozar de tu fermosura!” (Palmerín de Olivia cap.iii, Centro de Estudios Cevantinos)

「ああ不運なるわが身よ、もはや幸せに見放されてしまった! タリシオをグアメシールの手から解き放ち死から救ってやったのに、タリシオに命を与えわが身には死を招くことになるなんて。グリアナがタリシオのものになるのを見るくらいなら、無残な死を受け入れる方がましだ。この世に比類なきあの方を想って死を考える以外にもはやわが身の幸せはない。あの方はわたしの死を知って、真心と礼節をわきまえた女性としてわたしのことを痛ましく思ってくれるであろう。ああグリアナよ、あなたに会えないなんてとてもやりきれない。あなたの美貌を拝めぬわが定めのなんと酷いことか!」<筆者拙訳>

 剣と長槍を取れば向かうところ敵なしで数々の武勲と名誉を手にした勇猛果敢な騎士が、こと恋い焦がれる女性が相手だとこのように身も世もなく悲しみに打ちひしがれて、滑稽なまでに気弱となる。16~17世紀の読者、あるいは字が読めなくて語り部を取り囲んで耳を傾けた聴衆は、こうした騎士の言動に生身の人間を見て、物語の展開に胸をわくわくさせきっと尽きせぬ興味を覚えたに違いない。

 21世紀を生きる筆者も、主人公が次々と新たな冒険に遭遇する騎士道物語の世界に浸り、時空を超えて5世紀も昔の人たちと同じ楽しみを共有している。実は、2011年4月からボランティア活動として西宮国際交流協会で「中世スペイン語で騎士道物語を読む会」を立ち上げ、月一回6人のメンバーと一緒に原典の現代復刻版をテキストとして輪読している。現役の学生はいないが、家庭の主婦、勤め人、あとは定年退職者で、スペイン語大好きのレベルの高い人たちである。辞書を片手にスペイン語の小説がなんとか読めるレベルを参加の基準にしている。手始めにいま読んでいる物語が上記に引用した“Palmerín de Olivia”である。スペイン騎士道物語の傑作で、約150年間に亘る騎士道物語の時代を築いた先駆けといわれる”Amadís de Gaula“がサラゴサで出版されたのが1508年。更に騎士道物語の流行に拍車をかけたのが1511年にカスティリャ語で出版された”Tirante El Blanco”で、その原典は1490年にカタルーニャ語で出版されたもの。この“Palmerín”は同じ1511年にサラマンカで上梓された。古さから言えば”Amadís”、”Tirante”とならんで騎士道物語のいわば”古典“のひとつで、16世紀に13版を重ね、出版数では”Amadís“に次いで2番目に多いといわれている。ところがである、ドンキホーテ前篇の第6章に司祭、床屋、学士と家政婦が裏庭で、ドンキホーテの狂気の原因となった蔵書の騎士道物語を嬉々として焚書にする場面があるが、作者セルバンテスは”Amadís”と”Tirante”の両作品については“刑の執行”を思い留まらせるが、哀れにもわれらの“Palmerín”を焔の中へ放り込ませたのである。この第6章には当時世に出ていた主な騎士道物語のタイトルが焚書の審判のため次々と列挙されている。筆者がこの場面に出会った時、ドンキホーテが日夜を分かたず読み耽った挙句に脳みそが干からび気が狂ってしまったとは、一体騎士道物語はいかほど楽しい読み物なのだろうか、これはなんとしても原典で読みたいと思い立ったのが騎士道物語との付き合いの始まりである。

 騎士道物語の面白さのひとつは、騎士と貴婦人の道ならぬ恋愛沙汰や人が様々な魔法にかけられことでもあるが、これがカトリック教会の不興を買い、不道徳の書の烙印を押される。さらには影響の波及を恐れてインディアスへの持ち出しも禁止されたが、実際には長期間の航海の慰みに密かに持ち出されたし、荒くれのコンキスタドーレスには勇気を与え一攫千金の夢を抱かせたという。こうした事情はあったものの、スペイン黄金時代を築いた国王カルロスVがこよなく騎士道物語を愛読したこと、更にはイエズス会の創始者イグナシオ・デ・ロヨラが密かにそれを読んでいたこと、またあのイサべル女王の遺品の中に騎士道物語の本があった、というような記述に出会うと思わず膝を打ちわが意を得たりと嬉しくなるのである。

主人公は武芸百般に通じた美丈夫であるとともに、品格、礼節、勇気、忠誠心、誠実さ、そして利他主義を兼ね備え、高貴な身分の麗しき美貌の貴婦人を虜にする騎士の鑑として描かれている。行動の基本には神への信仰心、主君への奉仕、恋い慕う貴婦人へ命を捧げる潔さがある。騎士叙任式、祝宴、馬上槍試合、トーナメント試合、魔法、巨人、大蛇、果し合い、等々実に多彩な手練手管で読者を楽しませてくれる。次々と新たな冒険に立ち向かい、時には理不尽な悪とも戦うその英雄的な姿に多くの読者は共感を覚え、勧善懲悪の象徴とも見なしていたかも知れない。さらには、当時の熱心な読者の中には、強くて逞しい騎士にあやかるため主人公の名前を自分の息子につける者もいた。

 原典を輪読する上での厄介さは、通常の辞書に出ていない語句が随所に出てくることで、筆者が単語と難解な文章の注釈を一覧表にして毎月メンバーに事前提供し、理解を助けるようにしている。輪読の際は、語り部に倣いまず音読してから自分の訳を披露してもらっている。物語の展開を頭の中でイメージしながら解釈に努めれば、入り組んだ文章も意外と理解の糸口が掴めるものである。各章を読み終える毎に拙訳を手渡している。

 騎士道物語はシリーズ物、単独物などを合わせ70冊近く発刊されたようだ。”Palmerín“の次には本命の”Amadís”にメンバー全員で挑戦していくことを目指している。虚構の空間とはいうもののつかの間スペイン16~17世紀の騎士道の世界に遊ぶことは至福の時間であり、楽しみが尽きない。

 最後に、14世紀初頭に書かれたスペインにおける騎士道物語の嚆矢ともいえる“Libro del cavallero Zifar”「騎士シファールの書」の中の“メントン国王の教え”の一部を引用しておきたい。妻と二人の息子ともども一家がばらばらに離散するが、神の導きで艱難辛苦に翻弄された数奇な運命の後に再会を果たし、メントン国王に上りつめた騎士シファールが、息子たちに将来君主となった際の心得を過去の様々な事例を引き合いに出して諄々と説くくだりである。ここに引用の内容は、欧州諸国の債務危機(スペインも槍玉に挙がっている)で経済が混沌とした現代にもまさにそのまま通じる教訓であり、800年もの昔の先人の知恵に敬意を払いなお戒めとし、この騎士道物語はまた娯楽を超えた処世訓の書でもあることを明記しておきたい。

“...E sabet que con tres cosas se afirma la bondat de los omes: la primera es que sea sofrido; la segunda que sea pedonador quando fuere poderoso; la terçera que sea mesurado quando fuere señor. E mios fijos, devedes ser pagados quando ouieredes tanto que vos cunpla, ca el auer ademas dañoso es e lazerio muchas vezes de aquel que lo ha, saluo ende los reys, que lo han mester de guardar para los grandes fechos. E grant mal es el auer ademas commo la pobredat ademas; e porende dizen que lo mejor de todas las cosas es lo mediano. Onde dize vn sabio: ≪lo mediano touieron los de buena ventura, ca los cabos non son buenos, saluo ende del buen fecho, que ha buen comienço e mejor fin.≫ E el que quiere ser seguro de non auer mengua, biua con mesura e con prouision, maguer aya poco, e de por Dios maguer sea pobre. E sabet que la mesura aproueze lo poco, e la desmesura gasta lo mucho. E quanto despiende omne en seruiçio de Dios e en bien fazer, non es gastado, maguer sea mucho, e quanto quier que sea, non es poco. Pues non dudedes de despender ally do deuedes, e non despendades poco nin mucho alli do non deuedes...” <Castigos del Rey de Menton, Libro del Caballero Zifar, Cátedra>

「…よいか、三つのことが人の器量を決めるのだ。一つは艱難に耐えること、二つには権力を握ったら人に寛容であること、三つには君主になれば節度を持つこと。倅たちよ、おまえたちがこれで充分だと思われる財産を手にしたなら、それで満足するがよい。というのも、過剰な財産は災いの元であり、その所有主に往々にして苦難を及ぼすからだ。但し、国王は例外で、それは偉大な勲功をたてるには財産を持っておくことが必要だからだ。さらに、過剰な財産と極度の貧困も大きな罪悪だ。だからよく言うではないか、物事でいちばんよいのは中庸だと。ある賢人も言っている『幸運なる者は、両極端は好ましくないとし、中庸を心がけのだ。ただし、滑り出し上々で結末がなお素晴らしい立派な勲功は別だ』と。どうしても財産を減らしたくない者は、財産が僅かで神の御心により貧しくとも節制と蓄えを心掛けて生きることだ。よいか、節制とはわずかな物を活用することで、不節制とは多額の無駄遣いということだ。ただ、人が神への奉仕や善行に金銭を使う限り、多額であってもこれは浪費ではなく、また、いくら使ってもそれは素晴らしいことなのだ。だから、おまえたちは使うべきところで金銭を使うのにためらってはいけないし、使うべきでないところでは多寡に拘わらずいっさい使ってはいけないのだ…」

 伊藤嘉太郎




「中世スペイン語で騎士道物語を読む会」メンバー