Autor del artículo

Mari Watanabe
渡辺万里 / わたなべまり
学習院大学法学部政治学科卒。
1975年よりスペインで食文化史の研究に取り組むと同時に、スペイン料理界最前線での取材に従事する。
1989年、東京・目白に『スペイン料理文化アカデミー』を開設。さらに各地での講演、執筆などを通してスペイン文化の紹介に携わっている。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。
著書に「エル・ブジ究極のレシピ集」(日本文芸社)、「修道院のうずら料理」(現代書館)、「スペインの竃から」(現代書館)など。

スペイン料理文化アカデミー
http://academia-spain.com
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2  TEL : 03-3953-8414
スペイン料理クラス、スペインワインを楽しむ会、フラメンコ・ギタークラスなど開催

マドリード食事情・その1
「不景気とクリスマスとレストラン」

2012年02月

 12月にマドリードに到着して実感したのは、本当に景気が悪いらしいということだった。今まではどんなに「景気が悪い!」と愚痴っていても、そこは愚痴るのが趣味といわれるスペイン人のこと、実際にはクリスマスに向けて結構楽しげに買い物にいそしんでいる風だったのに、今回は様子が違う。

 夕方になると、イルミネーションの点灯を待つようにグラン・ビアやプエルタ・デル・ソルには大勢の人がひしめいているが、だれも買い物袋を持っていない。つまり夕方の散歩には出てきても、お金は使わない。デパートに入ると、例年なら店員たちが忙しくてなかなか相手をしてもらえない時期なのに、驚くほど閑散としていて、店員が「何をお探しですか?」と近づいてくる。

 しまいには、昔はどこのウィンドウにも飾られていたベレン(キリストの生誕シーンの飾り)がめっきり少なくなったのまで「景気が悪いから、そんな気にならない」からだ、と言う。(ちなみに、このベレン激減という現象だけは不景気のせいだけでなく、公共の場に宗教的な色合いの展示をすることの自粛を強く呼びかけてきた前社会党政権の影響のほうが大きいと思うが。)

 そんななかで一番クリスマスらしい活気が感じられたのは、食品店とレストランだった。デパートの地下などを中心とする高級スーパー、あるいは郊外型の大型スーパーは、いずれも朝から混んでいて、山盛りのカートを押してレジに並ぶ人々の行列が途絶えない。

 テレビのニュースでのレポートを聞くと、例年通りマリスコス(シーフード)やエンブティードス(腸詰類)などが、高くても売れているという。不景気といえども食べることは大切にする。いや不景気だからこそ、ほかの贅沢品は買えないからこそ、せめて思いっきり食べなくちゃ、というスペイン人の声が聞こえてくるような迫力である。

 レストランも、人気店はどこも連日満員でにぎわっていた。なかでも、不景気を跳ね返すような根強いパワーを感じさせてくれたのは、伝統料理の店だった。クリスマス時期には家族そろっての外食というチャンスも多いし、仕事場のグループでのクリスマスランチという慣習もある。そういったことを考慮にいれてもなお驚くほどの盛況で、「カサ・ルシオ」「ラ・ボラ」といずれも名の通った老舗が、ランチタイムを2回転にしているのにはいささかびっくりした。

 昼食はゆっくり楽しんで食べるから2時間はかかる、特にフィエスタがらみの家族の食事など何時間かかるかわからないはずのスペインで、「ランチタイムは1時半からか、3時からかどちらか選んでください」と言う。こういうシステムが取り入れられて誰も驚いていないということは、これらの店の繁盛ぶりを物語っている。

 そこで私がはっと思い当たったのは、「これは鰻屋さん、天麩羅屋さん、お蕎麦屋さんのようなものだ」ということだった。これらのレストランはいずれも、本来の意味で「restaurante -レスタウランテ-」というカテゴリーには入らない。店の構えもテーブルのしつらえもサービスの形も「taberna -タベルナ-」や「meson -メソン-」と呼ぶほうがふさわしい。日本でいうなら、「浅草に行ったら、老舗の鰻屋」とか「神田なら、あそこの蕎麦屋」というような範疇の店なのである。そしてそういうところは、その名声にふさわしい味とサービスを持続していれば、どんなに不景気でも十分繁盛する。

 国王も好きで食べに来ると言われてはいるものの、所詮ポテトフライに落とし卵をのせて混ぜただけの料理。熱く焼いた石に載せて焼いただけのステーキ。本来ならマドリードのどこの家庭でも日曜に作っていたはずの、野菜と豆と肉のごった煮。そういったものが、分厚い(つまりエレガントではない)ただの白い皿にどんと大盛りで出てくる。こういう料理が、高級オフィスから繰り出してきたらしいグループや、クリスマスのために集まった親族一同が、「Esto es un manjar! (これぞ本物の料理!)」という面持ちで満足げに食べている食事なのである。

 確かにおいしい。何が出てくるか分かっているから安心である。しかし反面、何の目新しさもない。細やかな気配りやしゃれた盛り付けもない。この10年、20年、スペインで進化してきたはずのガストロノミーはなんだったのだろう?スペイン人の舌は進化していなかったのか?

 その答えは、話の冒頭に戻って「不景気」ということではないだろうか。不景気は、人間の好奇心を削いでしまう。未知のものを試してみようというのは、経済的にゆとりがあるときにしか生まれない発想かもしれない。いささか複雑な感慨を抱きながら、私は師走のマドリードでレストラン遍歴を続けていった。(続く)

文・写真 渡辺万里



マジョール広場から下る道沿いにある
老舗「カサ・ルシオ」



カサ・ルシオ名物のひとつ、石焼のステーキ



ラ・ボラ通りに面したコシード専門店「ラ・ボラ」



一人分ずつプチェーロと呼ばれる壺で
出すところが、ラ・ボラの名物



コシードの残りで作る 「ロパ・ビエハ(古い洋服)」



ラ・ボラの店内