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Autor del artículo

Shizuka Shimoyama
下山静香
桐朋学園大学卒。文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペインへ渡り、マドリード、バルセロナで研鑽。スペイン各地に招かれリサイタルを行い、「スペインの心を持つピアニスト」と賞される。ラジオ、テレビ番組に多数出演、これまでに多くのCDや書籍をリリース。現在、スペイン・中南米音楽を含む多彩なレパートリーをもつピアニストとして活発な演奏活動を展開。またクラシック界において、翻訳・執筆・講演・舞踊とマルチにこなすユニークな存在として注目を浴びている。

Official Website サラバンダ
http://www.h7.dion.ne.jp/~shizupf

裸足のピアニスト・下山静香のブログ 
http://ameblo.jp/shizukamusica
見上げてごらん?
華麗なるスペインオルガンの世界

2012年02月

 スペインは、言わずと知れたカトリックの国。全国的に行われる大イベントであるセマナ・サンタ(聖週間)、トレドの聖体祭、サラゴサのピラール祭などなど、その盛大さには圧倒されるばかり。昨今は若者の教会離れが進んでいるとはいえ、カトリックの習慣や行事が人々の生活にすっかり溶けこんでいることは間違いない。

 当然ながらどの町にも必ずある教会は、規模も様式も様々だ。イスラムとキリスト教文化の様式が融合したムデハル建築は、まさにスペインならでは。ロマネスク教会といえばカタルーニャが有名だけれど、ポルトガル国境に近い、カスティーリャ・イ・レオン州の町サモラなどもロマネスク建築の宝庫だ。また教会によっては、度重なる改修によって、一つの教会の中に異なる様式が同居しているケースもあり、興味は尽きない。

 教会に欠かせないもののひとつとしてパイプオルガンがあるが、スペインの大聖堂や教会で上方に設置されているオルガンを見あげたとき、なにかお気づきになった方もいらっしゃることと思う。そう、スペインのオルガンは、ちょっと変わっているのだ。

 目をひくのが、床と水平に ―― つまりオルガン本体から垂直に突き出ている、たくさんのパイプ。「水平トランペット」と呼ばれるものなのだが、これがまるで、銃口が並んでいるかのごとき光景なのである。そこから飛び出す音響の弾がわれわれの身体を貫き、振動させる。・・・なんと過激な言い方よ、と眉をひそめるなかれ。このスペイン式オルガンの強烈な音を実際に身に浴びる体験をすれば、あながち誇張ではないことをわかっていただけると思う。さらに、グラナダのカテドラルなどで見られるように、これ式のオルガンが2台、主祭壇をはさんで向かい合っている場合もあるのだ。お互いに銃口向けて協奏なんかしたら、すわ、相撃ち?!・・・やはり、スペインという国は十分過激なのダ。

 水平トランペットが導入されたのは17世紀以降ということだが、それにしても、イベリア半島のオルガンはなぜこのような独自の発展を遂げたのか。13世紀というかなり早い段階でレコンキスタ(国土回復運動。ボルトガル語ではルコンキシュタ)が完了したポルトガルに対し、スペインはカトリックでの国土統一を15世紀末まで待たねばならなかった。異端審問の嵐が吹き荒れた16世紀を経て、「カトリックに従うべし!」という強い念が、教会の圧倒的な力を示す媒体として水平トランペットなるものを生みだしたのではないかしら、などと考えてしまうのは飛躍しすぎだろうか。当初は音響効果よりも装飾性を狙ったものだった、という説もあるのだが・・・。

 もちろん、ただ派手なだけがスペインの魅力ではないのは、どんなジャンルでも共通して言えること。このタイプのオルガンでは、水平トランペットが発する音の力強さと、従来の柔らかい響きとの立体感=コントラストがユニークな個性となるのであるし、様々なスペイン製オルガンの音をよく聴いてみると、実はとても繊細な味わいがあったりする。スペインを知れば知るほど、思い切りのよさが際立つ一方で、感情の機微にふれるような繊細さも持ち合わせていることがわかってくるのと同じように・・・。

 コントラストといえば、スペイン式オルガンの特徴はほかにもある。「メディオ・レヒストロ」(分割ストップ)は、鍵盤の高音域と低音域を、異なったレジスターで同時に弾くことができる特別設計。これを使うと、たとえばメロディと伴奏を違う音色で弾き分けてコントラストを出すことができるのだ。さらに、「ファルサス」と呼ばれる不協和音の使用(イタリアにも類似したものがある)や独特のリズムも、音楽面におけるスペイン的な特徴といえる。こんなにおもしろいスペインのオルガン音楽が、クラシック界においてあまりに地味な存在で、ほとんど知られていないのはまことに残念。

 さてオルガンの音楽といってまず頭に浮かぶのは、やはりヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)だろう。あの「チャララー、チャララララーラーン」で始まるトッカータとフーガなど、誰もが知っている(少なくとも、冒頭部分だけは)。バッハは、「西洋音楽の父」とまで呼ばれる偉大な作曲家であり、すべての音楽家にとって神にも等しい存在。バッハ様の前には、ジャズミュージシャンもロッカーもひれ伏すのだった。それはそれとして、そのバッハからさかのぼること約200年も前のスペインに、ヨーロッパの音楽に影響を与えたオルガンの天才がいたことをご存知だろうか?

 彼の名は、アントニオ・デ・カベソン(1510-1566)。現存するオルガン音楽の初期作品の作曲者、すなわち「オルガン音楽の祖」であるカベソンは、「スペインのバッハ」の異名をとるほどなのである。(カベソンのほうが200年も早いのに、順序がおかしくない?と難癖つけるのはやめておこう。何しろ相手は、大バッハ様なのだから。)

 16世紀、スペインにおける器楽音楽は、他のヨーロッパ諸国をしのぐ高い水準を誇っていた。本来のキリスト教的音楽観では、神により近いのは人間の声であり、楽器は異教的なものとして二次的に扱われていたといえるのだが、長い年月をかけて異教の文化を飲みこんできたスペインでは、音楽のとらえ方もまた違っていたのかもしれない。いずれにしても、「黄金世紀」と呼ばれるこの時代に書かれた豊かなスペイン音楽を聴くと、スペイン音楽を「民謡」と「舞踏」という要素だけに集約して語るのは早計だということがよくわかる。

 そんな時代に生まれたカベソンは、ブルゴス近郊のカストリリョ・マタフディオス(Matajudios⇒「ユダヤ人殺し」という地名がなんとも強烈である)出身。幼児期に盲目となってしまうが、鍵盤楽器の才能を伸ばした彼は、カルロス1世[在位1516-1556]、のちにフェリペ2世[在位1556-1598]に仕え、主任オルガニストとして活躍する。王の外交・外遊に随ってヨーロッパ各地を訪ねたカベソンは、行く先々で様々な音楽に触れて影響を受けたと同時に、その名人芸でその地の音楽家たちにもインスピレーションを与えているのである。

 具体的な例として、54~56年のロンドン滞在でイギリスの指導的作曲家たちと交流してその技法を伝え、イギリスのヴァージナル(*チェンバロの一種だが、この頃のイギリスでは撥弦楽器全般を指す言葉だった)音楽隆盛のきっかけをつくったことが挙げられる。その技法の最たるものが、「変奏曲」の形式だ。カベソンが得意とした「ディフェレンシアス」のスタイルは、いわゆる「変奏曲」の元祖。それが彼によって伝えられ、ヨーロッパ中に普及し、音楽の主要な形式として定着したのだから、音楽史上かなりの貢献度と言えるのはないだろうか。さらに、15世紀半ばにスペインで生まれ、のちにスペインオルガン音楽の主要な様式となった「ティエント」は、広義ではフーガの先駆的存在とみなすことができるのだから、この時代のスペイン音楽はなかなか進んでいたのである。

 クラシック音楽は、バッハをしていきなり始まるわけではない。バッハからの流れは確かに大河ではあるが、そこここにある豊かな水源から、実は多くの支流がその大河に流れ込んでいるのだということを知れば、クラシックは本当におもしろくなる。建築的、理性的というイメージがあるドイツ圏のバロック音楽だって、即興的、感情的でドイツ的感性とは真逆だと思われているスペイン系音楽の恩恵を受けていない、とは言い切れないのだ。

 たとえば、バッハ作品で有名な「シャコンヌ」。その生まれ故郷は何処なりや?―― 聞けば「ギョギョ~!」と思わずさかなクンになってしまう(かもしれない)この続きは、また、後ほど。

文・写真  下山静香


写真:グラナダ カテドラルのオルガン