Autor del artículo

Masao Kuwabara
桑原真夫
くわばらまさお
1977年よりほぼ毎年スペインを訪問。1984年から1989年まで銀行員としてマドリッドに駐在。ヨーロッパ在住約14年。 スペイン関係主要著書;『斜めから見たスペイン』(山手書房新社)、『それぞれのスペイン』[共編著](山手書房新社)、『スペインの素顔』(河出書房新社)、『スペインとは?』(沖積舎)、『ロサリア・デ・カストロという詩人』(沖積舎)、『我が母へ』(沖積舎)、『ガリシアの歌・上巻』(行路社)、『花へ』[写真詩集](山手書房新社)他多数。

マドリッドの夜(9)

2012年05月

 「カーサ・ルシオ」というレストランは正にマドリッドの下町にある。現国王フアン・カルロス1世も時々やってくる老舗中の老舗である。レストランの前でタクシーから降りると、何とこのレストランに入るための長蛇の列である。仕方なく私も最後尾に並び順番を待つ。やっと私の順番になり「ヘスス・ソンジェーバの名前で予約してあるはずですが・・・」というと、即座に「承っております。さあ、こちらへ」と案内された。予約は入っているがやはりまだヘススは来ていない。もう10時である。私は彼からもらっている電話番号に自分の携帯電話から電話をしてみたが誰も出ない。この番号は明らかにヘススの自宅の番号である。私がティオ・ペペをチビリチビリとやっていると、そのうちボーイがやってきて「セニョール・ソンジェーバはもうすぐ来られるそうです。何でも注文しておいて下さいとの伝言です」と言った。やっと彼とのコミュニケーションが取れた。一体彼は今どこにいるのか?7時半には落ち合えると言ったのはどこであったのか?疑問符が次々出てくるが、ここはスペイン。小さなことは考えず、夜の時間は十分にある、お酒を飲みながらゆっくりと待つしかない。

 終にヘスス夫妻が現れた!9年ぶりの再会である。夫妻と抱擁し再会を祝しあった。会ったとたんに彼は「何も言わない。何も言わない」と私の言い訳を制した。彼の目は「いろいろ行き違いがあったようだが、お互い再会の喜びを優先しよう」と語っていた。さっそくリオーハで乾杯。何でも注文してくれというヘススの言葉にしたがい、私はハモン・イベリコのハブーゴをまず注文した。ハブーゴを置いてある店はなかなかない。そしてメインはアンダルシア料理で一番好きな「牛の尻尾の煮込み」を選んだ。どれもパーフェクトに美味であった。完璧であった。牛の尻尾もこれまで食べた中では最高の部類であろう。時間前から長蛇の列ができる理由も頷ける。

 友情溢れる会食に満足した私はヘススの運転する車でホテルまで送ってもらった(彼も赤ワインを飲んだはずだが?)。最後まで夫妻は今日の行き違いについては触れなかった。このあたりがキップのよいスペイン人のよいところである。実態は彼らもラッシュアワーに巻き込まれ、ホテルには8時を過ぎて着いたようだ。どこに出かけたか分からない私を彼らは混雑したホテルのロビーで待つしかなかった。受付嬢に聞いても何も親切なことはしてくれない。(大きなホテルであればすぐに部屋にメッセージを入れてくれるはずである)待てど暮らせど日本人の行方は杳として知れない。2時間ほど経ったころレストランに電話してみてやっと私の存在場所が分かったという次第であった。

 この夜は美味しい料理と最高のワインとそして今日の複雑な出来事でなかなか寝付けない。そこで久しぶりでカジノに遊びに行くことにした。まだ1時前である。タクシーを飛ばしマドリッドから29キロ北にあるCasino de Madridに着いた。前回とは様子が少し違っていた。以前はフレンチ・スタイルのルーレットが占めていた左側のフロアーが全てアメリカン・スタイルとなっている。いよいよ出陣である。以前この連載にも書いた「カジノ必勝10カ条」を復唱した。そして私の好きなアメリカン・スタイルのルーレットに向った。

 これまでゼロが出ていない台を選んで場所をとった。まず500ユーロを5ユーロのチップに換える。暫く勝ったり負けたりが続き、感触はよいのだが結局手許のチップを全部賭けたところでドボンとなった。私は迷うことなく追加で500ユーロをチップに換えた。数字の流れは私のイメージ通りに流れ始めていたからである。基本的には赤。あとは20台か30台かに絞る。14が出たり、15が出たりで、なかなか20台と30台が出ない。23のカバージョにそれぞれ5枚つづ置いた(23に5枚、20と23の中間に5枚、22と23の中間に5枚、23と24の中間に5枚、23と26の中間に5枚=23が出れば15枚当たることになる)。そして、終に23が出た!5ユーロx15枚x36倍=2700ユーロの配当である。次に25に5枚置いた。これまた大当たりで5ユーロx5枚x36倍=900ユーロの配当である。25の5枚はそのまま置いていたら何と続いて次も25が出た!またまた900ユーロの配当。ここでデイーラーの女性が交代となった。

 デイーラーが変わったら大抵の場合流れも変わる。私は慎重に少しづつ賭けて様子をみた。こちらの流れに来るようでもあり、遠のくようでもある。しかし着実にチップは減って行く。そろそろ潮時である。19から36の間の赤において最後の賭けにでた。ところが黒が出て全部とられたので、潔く即座に席を立った。そして鉄則どおり両替所に走る。4000ユーロ以上の札束をポケットに放り込むと一目散に出口に向った。今日は10カ条がほぼ全部クリアーできた。カジノの出口でタクシーを呼ぶ。ボーイには5ユーロのチップを渡す。運転手にホテルの名前と住所を告げる。帰路、運転手がポツリと聞いた。「お客さん、今日は勝ちですか?」私はニヤリと笑い、「いや〜、カジノは人生と同じ。山あり、谷ありですよ」と言った。

(この章つづく)
 
桑原真夫