Autor del artículo

Mari Watanabe
渡辺万里 / わたなべまり
学習院大学法学部政治学科卒。
1975年よりスペインで食文化史の研究に取り組むと同時に、スペイン料理界最前線での取材に従事する。
1989年、東京・目白に『スペイン料理文化アカデミー』を開設。さらに各地での講演、執筆などを通してスペイン文化の紹介に携わっている。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。
著書に「エル・ブジ究極のレシピ集」(日本文芸社)、「修道院のうずら料理」(現代書館)、「スペインの竃から」(現代書館)など。

スペイン料理文化アカデミー
http://academia-spain.com
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2  TEL : 03-3953-8414
スペイン料理クラス、スペインワインを楽しむ会、フラメンコ・ギタークラスなど開催

マドリード食事情・その2
「新たな展開を模索して」

2012年05月

 食文化に関してはフランスやイタリアの後塵を拝するという長年の位置関係から、「エル・ブジ」の唯一無二の独創性を旗印として一躍世界の料理界のトップへと躍り出たスペイン。その価値がなくなってしまったわけではないが、ヨーロッパ広域にわたる深刻な不景気と、政党が交代してもなお混迷の時期を続けるスペイン政府という時の流れは、無情にも「スペイン料理界の黄金時代」の寿命を縮めてしまったようだ。

 一旦は飛躍的なまでに増えた新しいタイプの高級レストランの相次ぐ脱落が、その事態を如実に物語っている。スペインに「黄金時代」を招いてくれた本人である「エル・ブジ」のオーナーシェフ、フェラン・アドリア自身が誰よりも早くからそのことを認識していて、だからこそ彼はレストランとしての「エル・ブジ」の扉を去年で閉め、財団法人のオーガナイズ、後進の指導、純粋な研究活動などへと方向を変えて、新たな活動を展開し始めている。

 そういう形でも自分の能力を表現できる多才なフェランはいいとして、新しい料理を広めようとレストランを改革してきた若い人々、フェランに続こうと努力してきた若い料理人たちは、これから何を目指していけばいいのか?そして何より、この不況のなかで食産業が生き残る道はどこにあるのか?

 2012年1月のマドリード・フシオンは、この国際会議としては今までにないほど質素な構えで行われたが、ほとんどの論題が「sobrevivir hoy 今の時代に生き残る」という共通のテーマを土台として選ばれていることを痛感させた。

 では、具体的に生き残る術とは何か?せっかく新しい地平線を切り開いたスペインのガストロノミーを後退させることなく、不景気のなかでも人気を維持していくことができるのは、どんなレストランなのか?

 12月のマドリードで私が見つけたのは、もしかしたらその答えの一部となるかもしれない「expansión 拡大」というひとつのキーワードだった。

 まずひとつめは「地域性の拡大」。料理の無国籍化と呼んでもいいのだが、スペインの場合、この国籍とは各地方のことを指す。つまり、スペイン内の様々な地方料理を孤立させずにいいところを集めて提供することで、新しい嗜好を身に着け始めた顧客の要望に応えようというものである。

 たとえば、一皿目にはカタルニア風のラビオリ。二皿目には内陸部ならではの仔豚のロースト。デザートにはガリシア風のクレープ。こんなメニューが、会社や高級オフィスビルの多い地域のレストランで人気を呼んでいる。あるいはバスク料理をメインに据えながら、カタルニア料理やイタリア風のパスタも平気でメニューに載せるレストランが、珍しくなくなってきた。遅まきながら「料理の国境」を取り去ろうという試みが、若い層を中心としてレストラン業界に新しい可能性を生み出していると言っていい。


郊外のレストラン「カサ・ピコン」のある日のメニュー。左から、弾けるチョコレートをあしらったラビオリ。低温加熱したコチニージョ。ガリシア風フィジョア。色々な地方の料理のいいところだけをピックアップしている。






 付け加えるなら、文字通り外国の料理を取り入れる動きも進行している。そのひとつである日本料理のスペインでの浸透ぶりは特筆していいもののひとつだろう。

 単に日本料理のレストランの数が飛躍的に増えたというだけではない。バルセロナのような開けた視点を持つ都会を降り出しに、マドリードでもスーパーマーケットのなかには「寿司」のテイクアウトが販売され、鮮魚店で「サシミ」や「スシ」を意識して魚を販売する店も登場し始めている。つまり、レストランのなかだけでなく、スペイン人の家庭の食卓にも、なんらかの形で日本食の一部が登場し始めているのである。元々魚介類を食べる食習慣を持ち豊かな漁場を抱えるスペインで、鮮魚をよりおいしく食べることに焦点を当てる日本の食が徐々に認められてきたことは、勿論そのなかにもさまざまな問題を内包しているにしても、我々日本人にとってまずは嬉しい現象と言っていいのではないかと思う。


サン・ミゲル市場の鮮魚店。生食を前提にしたマグロも売っている。



都心のデパート内のイートイン。日本人でも納得の味のスシランチ。


 もうひとつは、「価格の拡大」。2009年ごろから言われ始めた「gastrobar(美食バル)」への展開である。現在のスペインには、外国からお客を呼べるほどのレベルのシェフが数十人、あるいはそれ以上存在する。しかし彼らのレストランは予約で混んでいたり、価格も相当に高かったり、あまりにエレガントだったりして庶民には敷居が高い。そこで、彼らトップシェフたちが昨今のバル・ブームに便乗した形で、自分の料理を気軽に食べてもらうためのバルを開くようになってきたのである。

マドリードではパコ・ロンセロ。セルジ・アロラ。パコ・ロン。バルセロナではカルロス・アベジャン。アルベルト・アドリア。リオハではフランシス・パニエゴなどが、自らの高級レストランと並行して、手軽に料理を味わうことのできるバルを開き、いずれも人気を呼んでいる。

 マドリードにおけるアストゥリアス料理の第一人者であるパコ・ロンは、彼のレストラン「ビアベレス」に併設した「タベルナ・デ・ビアベレス」で語ってくれた。

「私の料理は、どんなに洗練されても根っこはアストゥリアスの田舎料理だよ。でも素材にこだわり調理にこだわり、食器や雰囲気にもこだわればレストランはどうしても高価になってしまう。だから、私の料理をもう少し気軽に食べてもらえて、それが同時に不景気を乗り切る助けにもなるなら、一石二鳥だね。実際バルは、とても流行っている。」彼のバルは「タベルナ」と命名されていることからもわかるように食べることに重点をおき、それでいて気軽に食前酒を飲むためだけに入ってもいい雰囲気をも備えている。そして、タパスの体裁になってはいても、シェフの名前に恥じないレベルのきちんとした料理が手の届く価格で食べられる。

「地元の人が集まる地域のバル」が少しだけおしゃれになったような場所で、スペインで「伝統的」と呼ばれる荒っぽさや飾り気のなさとは一味違う洗練された形で、有名シェフのプロデュースした料理が味わえる・・・。これもまた、21世紀のスペインが模索しつつある食の現場の新しい方向のひとつとして、期待してもいい提案かもしれない。

文・写真 渡辺万里



ビアベレスのバルのハモンのクロケッタ。
素材の良さが際立つ。



ビアベレスのバルは、きちんとした手作りのデザートもある、これはトリッハ。



骨髄の煮込み。ガストロバルならではの凝った料理。



ビアベレスの外観。1階がバル、地階がレストランになっている。



ビアベレスのメニュー。必ずいくつかはレストラン寄りの料理がある。



バルの店内。モダンだが明るくて親しみがある。椅子の座り心地もいい。