Autor del artículo

Masao Kuwabara
桑原真夫
くわばらまさお
1977年よりほぼ毎年スペインを訪問。1984年から1989年まで銀行員としてマドリッドに駐在。ヨーロッパ在住約14年。 スペイン関係主要著書;『斜めから見たスペイン』(山手書房新社)、『それぞれのスペイン』[共編著](山手書房新社)、『スペインの素顔』(河出書房新社)、『スペインとは?』(沖積舎)、『ロサリア・デ・カストロという詩人』(沖積舎)、『我が母へ』(沖積舎)、『ガリシアの歌・上巻』(行路社)、『花へ』[写真詩集](山手書房新社)他多数。

マドリッドの夜(10)

2012年08月

 2012年7月1日深夜、私はシャルル・ド・ゴール空港でその世紀のニュースを聞いた。その日、早くから出国手続きをしていた私は今日の決勝戦の結果が分かるのは成田に着いてからと諦めていた。予定通りエール・フランスのジャンボ機は午後1時30分シャルル・ド・ゴール空港を出発した。ドイツ、デンマークの上空を通過し、遥か南にはウクライナのキエフも視界にあるはずである。あと数時間で始まるヨーロッパサッカー選手権の決勝戦のことを気にしながらうとうとしていると、機内放送で「機体の調子が悪いので急遽パリに引き返します」とのことであった。

 空港ではどこにもサッカーの試合をやっているTVはない(早々と準々決勝で負けたフランスにとってはもうどうでもよいことではある)。再出発の午後11時30分近くになって、知り合いになったフランス人に今日の試合の結果を知っているかと尋ねた。何と、「4:0でスペインが優勝した」という(当然といえば当然なのだが)、史上初の国際大会V3の達成である!!!44年ぶりの優勝を目指したイタリアをのけ、スペインはドイツと並ぶ大会最多の3度目の優勝、そして史上初のヨーロッパ選手権連覇である!!!

 私は準々決勝のフランス戦のときはブリュッセルに、準決勝のポルトガル戦のときはマドリッドにいたので十分にTV観戦できた。フランス戦ではスペイン側のパスの速さ、正確さ、力強さが遥かにフランスに勝っており力の差は明らかであった。変幻自在のパス力は正に世界一であろう。TVに映る画面には常にフランス側よりもスペイン側の人数のほうが多い。ひょっとしてスペイン側の人数は15名でやっているのではないかとさえ思われた。

 一番苦戦したのはポルトガル戦である。勝手知ったるチーム同士であるし、ロナウドは元々スペインチーム所属である。死闘の一進一退の攻防が延長戦まで続いたがそれぞれ一歩も譲らず、結局ペナルティ戦(PK戦)となった。こうなるとスペイン人は強い。ずぶといのである。ポルトガルは対戦前から「世界の王者スペインに胸を借りる」とロナウドが謙虚にTVのインタビューで答えていたように、若干の気持ちの遅れがある。ポルトガル側は早くも2名が失敗、スペイン側は一人がキーパーに阻まれたが、あとの4人は余裕をもってゴールを揺らした。4人目のゴールが決まったとき、TVのカメラはロナウドが天を仰ぐ姿を大写しにした。翌日の新聞にはロナウドの無念のコメントが載っていた。「自分は5人目のキッカーだった。その仕事ができないまま敗れたのは誠に残念だった」

 さて、今回のマドリッドの夜はサッカーの日の夜について述べる。レアル・マドリッド対バルセロナなどの大きな試合がある日は、カステジャーナ大通りをはさんでトーレ・デ・ヨーロッパの高層ビル斜め向かいにあるベルナベウ・サッカー場の周辺は大変である。マドリッドの街は夕方から通りという通りが駐車場になってしまう。特にベルナベウ・サッカー場周辺は夥しい数のバスと乗用車で埋め尽くされる。8時半ころのキックオフの時間になるとマドリッドの巨大な都市が静寂に包まれる。殆ど人が動かなくなる。国民みなが自宅のTVかキャフェテリアのTVに釘付けになる。以前、ヨーロッパ杯の決勝にスペインがからんだとき、私はたまたまカジノにいたがこのときもカジノの従業員もディーラーも仕事を放り出してTVに殺到していた。

 今回のポルトガル戦の夜も国王一家、首相閣僚以下全国民がウクライナのドネツクでの試合をTVで観ていた。ちなみに9時過ぎにカステジャーナ大通りを歩いてみたが車の交通量もほとんどない。そういえば昼間、タクシーの運転手が「サッカーは好きだが、大試合のある日は誰も動かなくなるので商売あがったりで困る」とこぼしていた。ベルナベウ・サッカー場に近づくと、大群衆がヒュンダイ自動車がスポンサーのTVの大画面に一喜一憂している。ホテルに帰ってまたTVのスイッチを入れると、スペインの国中の応援風景がライブでレポートされている。さきほどのベルナベウ・サッカー場前の大群衆も映し出されている。

 翌日、王者スペインが(からくも)ポルトガルに勝利したことにどのメディアも安堵の気持ちが現れていた。早速、フアン・カルロス1世もTV画面に現れ、「スペインチームは全員がよくやった。今のチームは非常に手堅い。決勝戦も必ず優勝してくれると確信している」と、コメントしていた。日本に帰ってきてインターネットでスペインの新聞に目を通すと、優勝を果たしてサルスエラ宮に招待されたスペインチームのビセンテ・デル・ボスケ監督と国王が和やかに会談している写真が載っていた。

 今回のヨーロッパ杯のさなか、ブリュッセルでは真剣にEU首脳会議が進められていた。ポルトガル戦の直前には、ミニ首脳会談が開かれドイツ・フランス・イタリア・スペインの4首脳により経済危機回避のための根回しがなされた。この会談についてある口の悪い友人は、経済が大変な国ほどサッカーは強いのだと言っていた。そういえばギリシャもそこそこに戦ったし、ポルトガルはスペインと互角の戦いであった。ドイツ、フランスはそれぞれイタリア、スペインに敗れた。優勝したスペインの場合はこれからそれなりに経済効果も期待できるであろう。サッカーの実力と経済の力との関連性は不明であるが、その友人はベルギー人であった。ベルギーは今回は早々に予選落ちしており、大いにやっかみがあったと思われる。

(この章つづく)
 
桑原真夫





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