Autor del artículo

Mari Watanabe
渡辺万里 / わたなべまり
学習院大学法学部政治学科卒。
1975年よりスペインで食文化史の研究に取り組むと同時に、スペイン料理界最前線での取材に従事する。
1989年、東京・目白に『スペイン料理文化アカデミー』を開設。さらに各地での講演、執筆などを通してスペイン文化の紹介に携わっている。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。
著書に「エル・ブジ究極のレシピ集」(日本文芸社)、「修道院のうずら料理」(現代書館)、「スペインの竃から」(現代書館)など。

スペイン料理文化アカデミー
http://academia-spain.com
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2  TEL : 03-3953-8414
スペイン料理クラス、スペインワインを楽しむ会、フラメンコ・ギタークラスなど開催


Edgar Núñez
エドガー・ヌニェス
1980年メキシコ生まれ。
ヨーロッパ各国のトップレストランで学ぶ。メキシコ国内で数々のカフェやレストランの料理をプロデュースして注目を集め、現在「SUD777」ではオーナーシェフとして新しいメキシコ料理を目指す。

[SUD777]
Blvd. De la Luz 777.Jardines del Pedregal. Ciudad de México.
http://sud777.com.mx/


Iñaki Rodrigo
イニャキ・ロドリーゴ
1970年スペイン・ビトリア生まれ。ピンチョスの全国大会で2回、バスク州大会で2回優勝した、創作ピンチョスの注目株。
現在は「Iñaki Rodaballo Jatetxea」のオーナーシェフとして、個性的な料理で注目されている。

[Iñaki Rodaballo]
calle Ricardo Buesa 4.Vitoria'Gazteiz.

cazuela

cazuela

ガストロノミーの新世界・旧世界

2012年08月

2012年4月22日から23日の二日間、北海道の函館で「第3回・世界料理学会」が開かれた。

 そもそも、函館という地方都市でなぜ、大人数ではないとはいえ外国からもシェフたちを招くという規模の料理学会が開かれるようになったかというと、それはこの函館を愛しスペインを愛する深谷さんという人物がいたからこそ、という長い話になる。彼は「一介の」料理人であり、それを誇りとしている。この学会は深谷さんの言葉を借りるなら「料理人の、料理人による、料理人のための」学会なのである。

 その学会に参加した料理人のなかで、スペイン語圏から招待されてやってきた二人。メキシコから参加したエドガー・ヌニェスとスペインからのイニャキ・ロドリーゴについて、今回は紹介したい。というのも、この二人が、そういう意図で選ばれたわけではないにもかかわらず、遠く離れていながら同時にとても近い二つの文化圏の、現在の料理界のあり方を、ひとつのくっきりした対比として浮かび上がらせて見せてくれたからである。


函館での「世界料理学会」の開会式



Borrego en salsa de verduritas
地元の野菜をソースにした羊肉


 メキシコからやってきたエドガーの発表の通訳を頼まれた私は、その初対面からきわめて陳腐なことを言ってしまった。  「私、メキシコ料理にはとても興味があるの。モレとかトルティーリャとか・・・」  エドガーは顔をしかめて私の言葉を遮った。

 「そういうものだけがメキシコ料理だと思わないでほしい!メキシコ料理というのは、世界中で一番誤解され冷遇されている料理なんだ!」

 私は、今までの長い年月のあいだ、スペイン料理について繰り返し聞かされてきた言葉を思い出した。

 「私、スペイン料理大好きです。パエリャとかサングリアとか・・・」

 そして、私がうんざりするくらい何度も繰り返してきた返事を。

 「パエリャだけがスペイン料理だと思わないでください!あれはただのバレンシアの地方料理、もっと違う色々なスペイン料理を知ってください!」

 私が憤慨してきたのと同じように憤慨しているエドガーの顔をみながら、私は急に、このシェフの発表が楽しみになってきた。

 まだやんちゃな少年時代を抜け出していないような印象を与える外観とはうらはらに、料理に相対するときのエドガーは常に真剣で、地に足の着いた考え方、いたって常識的なポリシー、料理に対する真摯な情熱で私を驚かせてくれた。

 「昔からの料理を、一度分解して再構築することもやってきたが、それだけでは満足できない。僕はまったく新しい自分独自の料理を作りだしていきたい。でも、それもれっきとしたメキシコ料理だよ。だって、メキシコの食材でメキシコ人の料理人が作れば、それがメキシコ料理だろう?」

 彼は、自分の料理をこう定義する。そして実際、彼の料理を見ていくうちに感じたのは「メキシコの食材」に対する彼の深い思いだった。

 「メキシコはトマトの原産地だ。昔からのトマトの栽培方法がある。しかし貧しい国だから、だれも買ってくれない、儲からないとなったら作るのをやめて出稼ぎに行ってしまう。だから今僕たちメキシコの若い料理人たちは、そういう本来のトマトを作り続けてもらうよう、生産者たちに働きかけているんだ。」

 「今回の学会のテーマのひとつでもある海草が、メキシコには昔からある。アステカの時代にはそれを食用に使っていた記録もある。でも、そのあと誰も料理に使おうとは考えなかった。僕は今進んで海草を使い、資源の新しい使い方として紹介していきたいと思っている。」

 確かに、それはトルティーリャともモレとも違う、しかしメキシコ人シェフの作りだす料理の世界ということになる。それを言うなら、ほんの少し前には、スペインの若手シェフたちも、同じ考え方で新しいスペイン料理の世界を手探りしていたのである。

 そんなエドガーが、メキシコ・シティを中心とする地域のシェフたちが集まって、新しいメキシコ料理を模索していくというイベントのポスターを誇らしげに見せてくれた。

 そういえば、スペインのマドリードで10年以上にわたって開催されてきた大がかりな料理学会は最近、メキシコで同じイベントを開催している。メキシコ・シティでは、その他にもさまざまな料理学会が開かれ、テレビなどのマスメディアも若い料理人たちの動向から目を離さない。

 この国のガストロノミーは、まさにこれから開花していこうとしているのだ。そしてそこで料理をする若者たちは、強い愛国心と誇りをもって、スペインをも乗り越える勢いで前進しようとしている。そんな頼もしいパワーと料理への愛情がエドガーから伝わってくる。

 エドガーが会議のレセプションのために発表したピンチョスは、テーマである海草のワカメとスペインのハモンを使ったラビオリで、オーソドックスな嗜好ときちんとした技術を土台としながら、「あらゆる国の技術や知識を駆使して新しいメキシコ料理を作っていきたい」という彼の主張をしっかりと表現していた。これだけでなく、エドガーの作る「新しいメキシコ料理」を食べてみたいな、と感じさせてくれる一品だった。


Sopa de cebolla gratinada.
外側がキャラメルで固めてあるスープ。
割ると中からオニオンスープがあふれる。


 一方、イニャキは、バスク地方ビトリアでピンチョス(バスク独自のタパス)のレストランを営むスペイン人シェフである。元々は俳優だったというユニークな経歴の持ち主でもある彼の発表は、自己紹介をかねたVTRから料理の説明に至るまで「juego 遊び」というキーワードに貫かれていた。

 ピンチョスの大きなコンクールで何度も優勝しているという彼の作品は、どれも視覚の遊び、言葉の遊びに終止していて、思わずにやっと笑ってしまうようなものばかりなのである。

スペイン人なら小さいときに誰もが食べたことがあるはずの離乳食potitoの瓶に詰めたピンチョス。スペイン版ダイアモンドゲームのようなparchísの駒と同じ4色に色分けしてゲーム板に並べたピンチョス。Conservante(保存料)にひっかけてconserv-arte(保存するアート?)と命名した缶詰の形のピンチョス・・・。そのユーモア感覚には思わず笑ってしまうのだが、よく見ると素材の組み合わせや味の組み合わせには料理大国であるバスクならではの知恵が随所にちりばめられている。決してただの思いつきだけではできない、基礎があってこその作品であることが次第に見えてくる。

 イニャキのやり方が、現在のスペイン料理界を代表しているわけではない。しかし私の率直な感想は「これが今のスペインだなあ。スペインはここまで来たのだなあ」ということだった。それはつまり、スペイン料理の世界ではすべてのものが出尽くした、行き着くところまで行ったという意味である。

 「エル・ブジ」の料理で世界を席巻したフェラン・アドリアは、スペイン料理界を根底から変えた。もはや現在、どんなに保守的な料理人でも彼の発明したespuma(ガスを使って液体を泡状に換える器具)をはじめとする料理法を知らないととぼけることはできないし、小さなポーションで提供するたくさんの皿から構成されたメニューの存在も否定することはできない。

 それと同時に、少し斜めに構えた見方をするなら、フェランはあまりにも大きな存在であったがゆえに、そのあとに続く料理人たちに、完璧に新しいものを発明するという余地をあまり残してくれなかったと言うこともできる。

 そんなスペイン料理の世界で今、「何をどう出すか」は、それぞれの料理人の自由であり、そこに今まで以上の自己主張が必要となってくる。言い換えれば、これだけあらゆる料理の可能性が出そろったスペインで、今どんな料理を作りたいか、ということを、スペインの料理人たちは一人一人が問いかけられながら暮らしている、と言ってもいいかもしれない。イニャキの少し極端なまでに徹底した「遊び心」というのも、そのひとつの答えなのだろう。

 レセプションに出されたイニャキの作品は、イカ、ジャガイモなどごく平凡な食材を、意表をつくようなカラフルなピンチョスに仕上げたもので、いささか驚くほどの色彩と食べた時のごくオーソドックスな味の対比が彼ならではの個性を表現していた。絶えずふざけているようなイニャキもやはり、スペイン料理界を支え発展させてきたバスク・ファミリーの一員であることを、この一品が見事に証明してくれたと言ってもいい。

 バスクのピンチョスは、スペインのなかでもとりわけ美食が根強く発達してきたバスクだからこそ生まれた独自の食文化である。そのジャンルで「新しい」ものを探すという難しい課題に果敢に挑戦しているイニャキに、私は心からの声援を送りたい、と感じたのだった。

 会議が終わったあともエドガーと連絡をとり続けているうちに、最初に思った以上に彼が強い愛国心の持ち主であることには驚かされた。世界の中で、経済的には決して豊かな位置づけにあるとはいえない母国。その国の文化である「食」を通じて、メキシコを盛り上げていきたい、世界にもアピールしたい、フェランは尊敬するけれども、自分は自分なりにずば抜けた料理人になりたい、いや絶対になるぞ・・・。そんなエドガーの強い思いが、心意気が伝わってくる。

 彼やその仲間の意欲が実を結ぶなら、もしかしたらメキシコの料理界はすごいことになるかもしれない、そんな予感さえ感じさせる力強さと確信が、彼の料理からも感じられる。そこには、エドガーの若さだけではなく、メキシコの若さがみなぎっているのである。

 一方、厳しい経済的な危機のなかで、スペインはせっかく手にした食の世界での優位を、いささかもてあまし気味にしている。最高の技術はある。充実した人材もある。食材も素晴らしい。しかし、食べてくれる顧客なくしてガストロノミー、すなわち美食の文化は発展しない。料理人たちは、そういう意味でも難しい時期を過ごしている。

 そんななかで、イニャキも含めてスペインの料理人たちは、様々な試行錯誤を繰り返し、生き延びる道を模索しているに違いない。

 食文化に関して、思いもよらず世界の頂点にたったスペインと、それを追うメキシコ。スペイン語圏であるという共通項がつなぐ二つの国の料理界は、そして料理人たちはこれから、どう変わっていくのか。どんな進化を成し遂げていくのか。函館の二日間は、そんな興味深い課題を垣間見せてくれたようである。

文・写真 渡辺万里



料理学会の閉会式