Autor del artículo

Masayuki Ozaki
尾﨑真之
おざきまさゆき
1972年大阪生まれ。
今度はアンダルシア地方を気ままに旅したくて、ただいまスペイン語を勉強中。

スペイン牛追い祭り 2011-2012

2012年11月

 フランスとの国境に近いスペイン北部の町パンプローナで、毎年7月6日から14日まで開催される「サン・フェルミン祭」の催しの1つに牛追いの行事がある。祭りの期間中、毎朝午前8時に荒れ狂う牛12頭を一斉に旧市街の路地に放ち、世界中から集まった血気盛んな者約1,000名が、全力疾走で約900メートル先の闘牛場まで追い込む行事である。濡れた石畳のコースは非常に滑りやすく転倒しやすいうえ、疾走中は牛も人も熱狂し凶暴になるため、牛追いに参加することは非常に危険で、連日怪我人が多く発生し、時には死者も出ることがある。「サン・フェルミン祭」では、他にも巨大人形と音楽隊のパレード等、老若男女が楽しめる催しが多数行われるが、牛追いの行事があまりに有名なため、通称「牛追い祭り」と呼ばれる。

 何年も前から、なんとなくスペインへ行ってみたかった。この国のことはあまり知らなかったが、「フラメンコ」「闘牛」「情熱の国」といったキャッチフレーズから、人々が激しく生きる様を想像させ、とても魅力的な文化があると思えたからだ。

 昨年の春、書店で何気に手にしたスペインを特集した雑誌を立ち読みしていると、TVで見たことがあった「牛追い祭り」の記事に目が止まった。「この祭りってスペイン三大祭りの一つだったんだ。」と理解すると、「初スペインはこの祭りを見に行くのも悪くないな。」と不意に考えた。荒々しい祭りから「情熱の国」を垣間見ることができるのではないか?と安易に思ったからだ。それまで探していたスペインに行く「動機」が見つかった気分だった。

 2ヶ月後の7月初旬、パンプローナへ飛んだ。成人なら誰でも「牛追い」に参加できることは知っていたが、死者が絶えない行事に参加する勇気は全くなく、コースに沿って設置された柵の上に開始3時間前から座って場所を取り、見物を決め込んだ。「牛追い」が始まると、牛と参加者があっという間に目の前を駆け抜けていったので、少々物足りなかったが、祭りの荒々しい雰囲気を味わえたので満足していた。

 今年の春、昨年のスケジュールを確認することがあり、昨年の手帳を開いて眺めていると「スペイン航空券手配」の文字が目に留まった。「そうか、もうすぐ牛追い祭りなんだ。」と感慨を覚えると、昨年利用した飛行機とホテルの7月の空き状況や金額を何気なくパソコンで検索してみた。「空いてる。しかも円高で昨年より安い。」検索した画面を凝視していると、すでに見物してしまって全く関心がなかった祭りに、「今度は走りたい」という子供じみた思いがだんだん強くなり、それから3日後、後先踏まえず航空券とホテルの予約をしてしまった。

 7月初旬の牛追い祭り参加の前夜、昨年同様、弾丸バスツアーに参加するため、集合場所である首都マドリードのあるホテルに向かった。夜10時にマドリードを出発し、翌午前4時にパンプローナに到着。その夕方4時にパンプローナを出発し、夜10時にマドリードに帰ってくるという乱暴な行程のツアーだ。祭り期間中、パンプローナのホテルの料金は通常の数倍に跳ね上がるため、現地での宿泊は現実的ではない。また「牛追い」が午前8時に始まるので、当日の交通機関を利用していては、近隣の都市からでも開始に間に合わない。そのため地元以外の参加者や見物人は、前日から未明にかけてパンプローナに入り、街中で「牛追い」を待つのだ。

 午前4時、ツアーバスがパンプローナに到着し、目抜き通りで降ろされる。辺りはとても深夜とは思えない喧騒ぶりだ。街中のバルは軒先にテントを張り、割れんばかりの大音量で曲を流すクラブに変貌し、数え切れないほどの若者たちが踊っている。「牛追い」が行われる旧市街の路地はビールやワインを片手に酩酊した人で埋め尽くされ、近寄りがたいほど騒いでいる。祭りの連日連夜、世界中から集まった数万人が、乱痴気になって夜を明かすのだ。昨年は「とんでもないところに来てしまった。」と怖さを覚えた異常な光景だが、「今年もまた牛追い祭りに来たんだ。」という実感が湧き、期待と喜びに胸を弾ませた。


1920年代の牛追いの様子
Foto: © Ayuntamiento de Pamplona


 見物の記念にと昨年購入した白の衣装と赤の腰巻を身にまとい、牛追い開始30分前にスタート地点に立った。もう何年も全力疾走なんてしたことがないため、怪我しないようにと念入りにストレッチをしていると、短髪で屈強な男が真剣な面持ちで話しかけてきた。「どこから来た?」「日本」「何回目だ?」「初めて」「転んだら下敷きになるぞ」「わかった、ありがとう」握手をして別れた。努めて冷静に振る舞っているが、緊張と興奮で目が回りそうだ。開始5分前、参加者一斉に丸めた新聞紙を上にかざし、守護聖人サン・フェルミンに歌を捧げ、勇気を鼓舞する鬨の声をあげる。ついに祭りの興奮は最高潮に達する。

 午前8時、一発の花火を合図に、囲い場から12頭の牛が一斉に放たれた。先頭を切って3頭が横に並んで、あごを引き、角を向けて猛然と走ってきた。まるで尖った槍をくくり付けた軽自動車が突っ込んで来るような錯覚を起こした。もう無我夢中で走った。後れを取った群衆をかき分け、押しのけ、転んだ人を避けて、ひたすら走った。正気に戻った時は闘牛場の中だった。大観衆の拍手の中、完走できた者たちが互いの走破の無事と健闘をたたえ、息を切らしながら抱き合う。みな興奮のあまり手加減なく抱きつくので、とても痛い。だんだん興奮が冷めるうちに疲れを覚え始め、闘牛場の塀にもたれ掛かった。だが、のんびり余韻に浸っている時間はなかった。

 闘牛場に追い込んだ牛が退場して「牛追い」は終了する。しかし、今度は走っていなかった元気な1頭の牛が場内に放たれ、ゴールできた者たちがそれを素手で取り押さえる「素人闘牛」という、さらに危険な行事が行われるのだ。度胸のある者は、闘牛士のように手に持った服を広げて牛を挑発する。牛は興奮し、前足で砂を掻きながら群衆を目がけて突進する。それを捕まえようとするのだが、丸腰の素人たちがかなうわけがない。牛と正面から絡んだ者は角で突き上げられ、吹き飛ばされ、倒れたところを容赦なく踏まれる。牛の首にしがみつこうとする者は、まるで宙を舞うように振り落とされる。それでも観衆に自分の勇気を示したい者たちが、次々と牛に向かっていく。数分すると、疲れた牛が退場して新たな猛牛が場内へ放たれ、格闘が繰り返される。「牛に触ると幸運が訪れる」という噂を事前に聞いていたので牛に触ろうと試みるが、近づくことすら簡単ではない。何頭目かで辛うじて背中を触って、後は逃げ回るばかりだ。10頭ほど牛が出入りしたところ、ようやく「素人闘牛」は終了した。もう、充実感と疲労でその場に座り込んでしまった。息を整えながら青い空を見上げていると、無情な係員に退場するよう促され、頼りない足取りで闘牛場の砂場を後にした。

 祭りや過激な行事に興味がなかった私が、遠く1万km離れた、縁もゆかりもない国の危険に満ちた祭りに2年続けて行くとは思いもかけないことであったが、スリリングながらとても愉快な体験であった。また「牛追い」に東洋人が1人で参加していることが珍しいのか、実に多くのスペイン人が話しかけてきてくれた。そんな彼らの陽気で人懐こい振る舞いのおかげで、「牛追い祭り」の思い出が、さらに豊かになって私の心に実っている。

文・写真 尾﨑真之
(*"© Ayuntamiento de Pamplona"
の表示のある写真はパンプローナ市役所提供)




カメラマンが撮影した数十枚の写真が写真館で販売される。
疾走する牛たちの左側で、筆者が並走する写真を発見!!



San Fermín 2012