Autor del artículo

Mari Watanabe
渡辺万里 / わたなべまり
学習院大学法学部政治学科卒。
1975年よりスペインで食文化史の研究に取り組むと同時に、スペイン料理界最前線での取材に従事する。
1989年、東京・目白に『スペイン料理文化アカデミー』を開設。さらに各地での講演、執筆などを通してスペイン文化の紹介に携わっている。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。
著書に「エル・ブジ究極のレシピ集」(日本文芸社)、「修道院のうずら料理」(現代書館)、「スペインの竃から」(現代書館)など。

スペイン料理文化アカデミー
http://academia-spain.com
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2  TEL : 03-3953-8414
スペイン料理クラス、スペインワインを楽しむ会、フラメンコ・ギタークラスなど開催


Un paseo gastronómico por Cádiz
カディス食べ歩き・飲み歩き

2013年02月

 古い歴史をもつカディスの町には、夏のバカンスに行くのもいい。2月の有名なカーニバルに行くのもいい。でも、食べ歩き・・・?

 最初に頭に浮かんだのは、そんな疑問だった。スペインのかなりの街々を食べ歩きしてきた私だが、今までカディスにどうしても行きたいというモチーフとは出会わなかった。というのも、「カディスの名物は?」と聞くと間違いなく「ペスカイト・フリート」、つまり小魚のフライという返事が返ってくるからだ。

 港町なのだから当然とはいえ、小魚のフライ、小エビのかき揚げ、サメのフライと人々が勧めてくれるものは揚げ物ばかり。これでは、あまり食べ歩きの意欲は湧かない。

 しかし昨今は、スペインの津々浦々に優れた若手料理人がいる時代なのだ。まさかどこに行っても魚のフライだけということはないはずだけれど・・・と一抹の不安を抱えたまま、私のカディス食べ歩きは始まった。


タルタル・デル・アトゥン



パステル・デ・メルルーサ


<エル・ファロ>

 海岸線に面した太い通りはそのままカディスの町の先端部をぐるりと取り囲んでいるが、そこから少し路地を入ったところに、誰に聞いても町一番と評判の高いレストラン「エル・ファロ」がある。

 お父さんの跡を継いで店を切り盛りしているオーナーのマイテは、いままさに脂の乗り切った女性実業家。大勢のスタッフがきびきびと動いているレストランでも、彼女なしには仕事が進まない様子がよく分かる。

「トルティータ・デ・カマロンはもう食べた? これは外せないでしょ。でもうちの人気料理、メルルサのパステルも食べてほしい。うちのアルメハスもよそにはない味ね。あとは魚のアルボンディガス。これで結構お腹が一杯になると思うわよ。」

 注文した品以外に、ワインのつき出しとしてパタタ・アリニャーの大盛りの皿が登場。一通り食べ終わるころには、カディスには揚げ物以外にも美味しいものがあること、但しどれもボリュームたっぷりでなくては美味しいとされていないことをひしひしと実感していたのだった。ここで断っておかなくてはいけないが、アンダルシアの料理についてカタカナで書くのはなかなか難しい。現地の発音では語尾のSはもちろんのこと、Dも飲み込んでしまうので、たとえば pescaditos fritos はペスカイト・フリートになってしまう。

 Patatas aliñadas は、茹でたジャガイモをドレッシングでからめて味付けしたもの。 Pastel de merluza は、白身魚を裏ごしして卵などとあわせ、ムースとして固めたもので、カディスだけの料理というわけではないが海辺の町では人気のある料理。 Almejas con gambas y setasは、海老とキノコをソースに加えて煮込んだアサリで、なるほど少し凝った味わいの一品。 Albondigas de pescado は白身の魚をすりつぶして作ったボールが柔らかなトマト味で煮込まれていて、ミートボールとはまた違うやさしい味だ。

 そして、マイテが「これは絶対食べなくては」と言ったTortita de camarones は、カディスの名物料理で、小エビを小麦粉でまとめて揚げたもの。カマロンというのは生の時は透明、加熱すると赤くなる小さなエビの名前で、カディス出身のフラメンコの歌い手カマロン・デ・ラ・イスラは、小さくて赤毛であるところからこの愛称がつけられ芸名になったという。カリッと揚げたところは、日本のかき揚げに似ている。

 白状すると私は、マドリードのアンダルシア系のバルでこの料理を出された限りでは、あまり感激したことがなかった。エビの鮮度、オリーブ油の質、衣の分厚さ、揚げ方など、簡単なようでいて難しく、どこでも美味しいというわけにはいかない。しかし本場カディスの一流レストランのそれは、新鮮な油の香り、薄い衣の適度な食感、香ばしい味で、シェリーでもビールでも、どんどん飲みたくなるような美味しさだった。


歴史を感じさせる店内



エビときのこ入りアサリ


<ベントリージョ・デル・チャト>

 食事とインタビューが終わって帰り支度をしていると、マイテが誘ってくれた。

「よかったら明日は、私のほかの店もいらっしゃい。案内してあげるから。」

 そんなマイテの好意に甘えて、彼女が経営する店の1軒を見せてもらうことにした。というのも、そこがただのレストランではなく、カディスの食を知るうえで外せないベントリージョという名前の付いた店だからだ。

 Venta とは本来、町はずれの街道筋にある旅人のために食事も出す宿屋のこと。 Ventorro, ventorrillo となると、規模が小さいだけでなく、無法者が泊まったり賭け事をする部屋があったりと、さらに怪しげな居酒屋兼宿屋というニュアンスになる。昔はカディス周辺には何軒も、そういう店があったというが、今はもうない。そして元はベントリージョであった場所を、今はマイテのファミリーがレストランにしているのだ。

 カディスの町と、その付け根にあるサン・フェルナンドを結ぶ細い部分に面して、いかにも街道脇の宿という風情の「ベントリージョ・デル・チャト」がある。ここで繰り広げられた宴の数々に思いを馳せながら冬の海を見て、 tartar de atún マグロのタルタルの一皿をご馳走になった。

 カディスのもうひとつの名物は、 almadraba アルマドラバと呼ばれる豪快なマグロ漁。マグロを日常的に食べるこの一帯ならではの素朴な料理が、最新の洗練されたバージョンで出されてびっくりする。

「今や『怪しげな宿屋』ではなくて『おしゃれなレストラン』なんですね・・・」

と私が感想を述べると、マイテとシェフが笑い出す。マグロに添えられた一杯のマンサニージャ(辛口のシェリー)がすきっと美味しい。


ベントリージョ・デル・チャトの店内


<フレイドゥリア・ラス・フローレス>

 夕食はいかにもカディスらしいところ、レストランではなく気軽なバルでと考え、ガイドブックでは一押しの「freiduría」、つまり揚げ物屋さんに行くことにした。

 Plaza de las flores 花の広場という名前どおり、広場の中央にぎっしり花屋の屋台が並ぶ広場に面して、「フレイドゥリア・ラス・フローレス」がある。絶えず揚げ物の匂いが立ち込める飾り気のない店だが、昼も夜もいつ通ってもにぎわっている。

 ここでとうとう、避けていたカディス名物「ペスカイート・フリート」に挑戦した。色々な魚のフライが、大盛りで皿に載せられてくる。しかし、恐れていたほど脂っこくはない。油の匂いも悪くない。揚げ方はさすがに上手。値段も安いし、旅の土産話に1回は食べてもいいだろう。

 バルのカウンターには、フライだけでなく、ちょっとしたタパスも並んでいる。ビールを飲みながら、紙に包んでフライを買っていく地元の人たちの様子を見ているのも楽しい。

 食事を終えて歩いていくと、12月だというのにちっとも寒くないカディスの町の通りを、人々は軽装で夜もそぞろ歩いている。食後の一杯はテラスに座って、と言えるのがこの夜の最高の贅沢だったかもしれない。


<メルカド・セントラル>

 知らない町に行って、そこの食を手っ取り早く把握するには、市場に行くのが一番の近道だ。カディスの公営市場は、細い路地と小さな広場が連なる旧市街の一角にある。まずは鮮魚店の固まっているコーナーへ。

 マグロの巨大な切り身がごろごろ転がっている。小型とはいえ、明らかにサメの顔をした魚も並んでいる。エビ、イカ、タコの専門店、貝類の専門店、燻製の専門店。いくら歩き回っても飽きない、市場の活気と喧騒がある。

 写真を撮らせてもらいながら歩いているうちに、巨大なカジキマグロの頭を飾っている店に出会った。これで何キロくらい?近くで捕れるの?どんな料理にするの?次々と繰り出す私の質問に、お店のお兄さんが親切に答えてくれる。彼、フェルナンドは地元カディスの生まれで、ダイビングが好きな鮮魚店オーナーだ。

「カディスといえばマグロ漁。だけど、ほかにもうまい魚は色々ある。季節によっても変わる。カマロンは今の時期は捕れないから、揚げて売っているのは冷凍だね。食べ歩きするなら、冷凍ものを買わない店、毎日シェフが自分で市場に来て魚を買っていく店をチェックしなくてはダメだね。」

 今度カディスに来るときは、色々お店を教えてもらう。それまではネット上で情報を交換していこうと約束するとフェルナンドは、マグロのうしろからアイフォンを取り出して、にやっとしてみせた。


<サン・アントニオ>

 カディスでの最後の食事は、この町が大好きで毎年訪れている友人のお勧め店、サン・アントニオ広場に面したレストラン「サン・アントニオ」に決めた。こじんまりして居心地のいい店内、長年働いている風情のカマレロたち。奥のテーブルには、明らかに毎日ここで食事をしている老紳士がいたり、神父様とその友人たちがにぎやかにテーブルを囲んでいたりと、美味しい料理の出てくる予感がする。

 友人が勧めてくれたのは、 sopa de tomate トマトスープと fideos con caballaサバ入りのパスタ。どちらもスープの類だが味見したいので両方注文すると、大きな土鍋に並々と入ったスープと、スープ壺いっぱいのパスタが出てきた。

 トマトスープと言ってもエストレマドゥーラ風で、パンがたっぷり入った濃厚なもの。上には卵が割りいれてあり、これだけで食事にしてもいいようなボリュームだが、隣りの地方から伝わってきて海辺の町で定着した、滋養あふれる一皿がお腹にやさしい。そしてサバを具として入れたマカロニも漁師町らしい素朴な味わいで、レストランの料理というよりは田舎のおばさんの料理という雰囲気。なんだか下宿の夕食でも食べているような気分になってくる。

 メインディッシュは飛ばしてデザートは leche frita レッチェ・フリータを注文する。甘くした牛乳を小麦粉で固めてからフライにしたこのデザート、スペイン北部でもよく食べるけれど、ぷりっと固めた食感、かりっと揚げた衣、たっぷりかけたシナモンの風味はどんな料理のあとにも相性のいい昔ながらのデザートだ。店のお勧め料理をどれも見事にクリアした私に、メトレが食後のお茶とリキュールをサービスしてくれて、旅の最後の食事もめでたく終わったのだった。

 さて、私のカディス食べ歩きの旅。読者諸氏は、いったい何日間の旅だと想像なさるだろうか? 実はたった2泊3日の旅だ。その間、ここに記したものだけでなく、カディス名物の菓子 Pan de Cádiz (クリスマス菓子のマサパンの一種)も食べた。 Empanada de atún (マグロ入りパイ) も食べた。オリーブ油を塗って食べるアンダルシア風のトーストの朝食も食べた。そして、どれにも満足した。決して「揚げ物だけのカディス」ではない。

 だから、自信を持ってお勧めしたい。カディスへの食べ歩きの旅を。 ¡Vamos a Cádiz!

文・写真 渡辺万里