Autor del artículo

Akira Shimada
島田 顕 / しまだあきら
早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程修了。
スペインの食と文化に魅せられ、アンダルシア地方を中心に、スペイン各地を渡り歩く。
ライター業を経て、2003年より、東京・高田馬場にて「スペイン・バルOlé」を経営。著書に「魅せる!フラメンコ・アイテム~カスタネットからマントンまで~」(パセオ)、共著に「南スペイン・アンダルシアの風景」(丸善ブックス)など。

カディス憲法(1812年憲法)

2013年02月

 スペイン最初の民主的憲法である、「スペイン王国憲法」、通称1812年憲法、カディス憲法は、ナポレオン戦争の最中の1812年にカディスで作られた。

 1808年のナポレオン戦争ぼっ発以降、ヨーロッパはたちまち戦火に巻き込まれ、各地で侵略軍・占領軍に対する抵抗運動・独立運動が起こった。スペインでも、首都マドリードや各地での民衆の暴動、蜂起が頻発し、ナポレオンの実兄が国王ホセⅠ世としてスペインに入るや、国民の抵抗運動は、その後「ゲリラ戦」という言葉として世界中に知られるほどに、激しさを増す。

 ナポレオン戦争中、スペイン各地に地方評議会が作られ、そしてそれらをまとめる形で成立した中央最高統治評議会が臨時政府の役割を果たした。また1810年には、唯一戦火をまぬがれたカディスで国民議会が招集され、1812年3月19日に、フランスがスペインに押し付けたバイヨンヌ憲法に代わる新しい憲法が制定された。これがカディス憲法である。

 カディス憲法は、プロシア憲法や大日本帝国憲法のような君主主権ではなく、国民主権を謳っていた。また三権分立による国家機構・国家機関の種類と役割、それらの権限、国民の権利・義務が明記された。加えて、カトリックが国教として規定され、国民の慈愛、隣人愛なども強調されている。

 国家憲法としてのカディス憲法の生命はわずか二年と短く、ナポレオン戦争後の1814年、王座に返り咲いたフェルナンドⅦ世により失効が宣告されている。だが、中南米諸国がスペインから独立する際に、カディス憲法をもとに自分たちの国家の新しい憲法を作ったことを考えれば、カディス憲法はまさに、世界に影響を与えた憲法といえるだろう。

文 島田 顕


Monumento a la Constitución de 1812