Autor del artículo

Shoji Bando
坂東 省次 (ばんどう しょうじ) 
京都外国語大学スペイン語学科長・教授。京都セルバンテス懇話会代表。 専攻はスペイン語学、日西交流史。 近著に『スペインを訪れた日本人ーエリートたちの異文化体験』(行路社)がある。

カテドラルとアルカサル

2013年05月

 詩人でフランス文学者として広く知られた堀口大学(1892-1981)は、1914年7月から1917年1月までの約2年半をスペインで暮らしている。この間、大学は、アンダルシア旅行を企て、セビリャ、グラナダそしてコルドバを訪ねている。

 大学のアンダルシアの旅は、セビリャで始まった。スペインといっても北部と中央部しか知らなかった大学にとって、スペインで最も輝かしい空の下に広がるセビリャでは別世界に足を踏み入れた思いがあったようだ。

 「さて私は、セヴイヤに就て、何をお前に語つたらいいだろう。南西班牙の美くしいこの市は、今や只一円に美くしい。
 今日までかつて私はこんなに澤山な花と、薔薇とを見たことがない。それ許りか私は今日までこんな楽園を想像する事さえ出来なかった。」
(「南西班牙から」)

 大学はこの美しい市で、まず大寺院を訪れる。今日、カテドラルの名で知られるこの大寺院は、奥行き170メートル、左右76メートル、高さ40メートル、ローマのサン・ピエトロ寺院、ロンドンのセント・ポール大聖堂に次ぐ規模をもち、ゴチック建築としては世界一の威容を誇る。建築技師が「後世の人が見て、おれたちが狂気人であったと云う様なものを立てよう!」(「南西班牙」)といって、この巨大な大寺院を建設したといわれる。

 「この大寺院に入る時、人は己の斯くも小さく斯くも値なきことを感ずる。そして人は只呆然として、現在自ら感ずる所を云ひ表はす言葉を見出さぬ。真実それは「途方もない」と云うより他に言葉がないほどこの大寺院には偉大なるものがある。この点では私は世界中の人間が造営したものの中の唯一であろうと思う。そこには、見るものが然く多く、すべてを知りつくすには一年もかかるであろう。明朝私は礼拝に列しようと思っている。それは定めて、神々しくも亦尊大なものであろう。」(「南西班牙」)

   次いで訪れたのは、アルカサルである。これは「残酷王」の異名をもつペドロ一世(在位1350-69)の時代に、グラナダのナスル朝から呼び寄せられた建築家によって建てられたもので、ムデハル建築の粋をなす。ムデハルとはレコンキスタ(国土回復戦争)の進展のなかで、キリスト教世界に居残ったイスラム教徒のことである。彼らの文化水準はキリスト教徒のそれよりはるかに高く、彼らはキリスト教スペインの芸術におおきな功績を残すことになった。その傑作がカテドラルなのである。大学はなかでも庭園に魅せられ、「アルカザルを周る庭園はまことに天上楽園である」(「南西班牙」)といっている。

 その後、大学は後ろ髪を引かれる思いでセビリャを後にして、グラナダに向かった。

坂東 省次


アルカサルには美しい木々が生い茂り、遠くにはヒラルダの塔が見える



アルカサルの内部



上空から見たカテドラル