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Shizuka Shimoyama
下山静香
桐朋学園大学卒。文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペインへ渡り、マドリード、バルセロナで研鑽。スペイン各地に招かれリサイタルを行い、「スペインの心を持つピアニスト」と賞される。ラジオ、テレビ番組に多数出演、これまでに多くのCDや書籍をリリース。現在、スペイン・中南米音楽を含む多彩なレパートリーをもつピアニストとして活発な演奏活動を展開。またクラシック界において、翻訳・執筆・講演・舞踊とマルチにこなすユニークな存在として注目を浴びている。

Official Website サラバンダ
http://www.h7.dion.ne.jp/~shizupf

裸足のピアニスト・下山静香のブログ 
http://ameblo.jp/shizukamusica

セビリャが生んだ"音の風俗画家"
~ ホアキン・トゥリーナ ~

2013年05月

 魅力あふれるアンダルシアの中心都市、セビリャ。数々の名作オペラの舞台として、クラシックの世界でもおなじみの名前である。幌馬車が連なる賑やかなエル・ロシオの巡礼、名高いセマナ・サンタの聖体行列、トリアーナ地区のお祭り騒ぎ、グアダルキビル河畔にそびえるヒラルダの塔 ―― そんなセビリャならではの情景を、音で生き生きと描いた作曲家がいる。

 その名は、ホアキン・トゥリーナ(1882-1949)。「近代スペインを代表する作曲家」として、アルベニス、グラナドス、ファリャに続く重要人物が、セビリャ生まれの彼、トゥリーナなのだ。

 トゥリーナは、当時のスペイン人作曲家の例にもれず、芸術の都パリに留学するが、20代の約10年間を過ごしたこの地で、大きな転機を迎える。

 スコラ・カントルムに学び、評論家に受けのよい作風で音楽を書いていたトゥリーナは、ピアニストとしても活躍していた。1907年、彼はサロン・ドートンヌで、自作のピアノ五重奏曲をプログラムに入れた演奏会を行った。そこに聴きに来ていたのが、晩年の大御所アルベニスと、トゥリーナとともに「パリのアンダルシア人たち」と呼ばれ知られていた旧知のファリャである。アルベニスとトゥリーナは初対面だったが、音楽家同士なんていわば家族のようなもの。終演後すぐに打ち解けた3人は、お酒を片手に音楽談義を交わしていた。そのとき、アルベニスがトゥリーナの胸元をつかんで、こう言ったのである。
「君はああいう作品を書くのではなく、スペイン民謡、あるいはアンダルシアに基づいた音楽を確立するべきだよ。それが、セビリャ人としての君の役目ではないかな?」

 この助言で開眼したトゥリーナは、自分の音楽の方向性をすっかり変えることになる。そのおかげで音楽家としての道が開かれたのだから、アルベニスの洞察力は鋭かった。―― やがてスペインに戻ったトゥリーナは、自国の音楽界のために力を尽くすのである。

 もともと、スペインの音楽には、ダイナミックな歴史と人々の営み、そして彼らを育んだ風土のエッセンスが、他の西欧諸国よりも色濃く映し出されているようだ。「スペインの音楽家」としての自覚をもって創作する部分と、無意識のうちに入り込んでしまう血のなせる業のようなもの、そこに作曲家個人の感性があいまって、独自の音楽世界が出現する。トゥリーナの作品はモダンな感覚に彩られてはいるが、そこに現れるカトリック的な荘厳さ、イスラーム風の神秘性、ジプシー的な人間味などは、セビリャという町が彼に授けた、特別な贈り物なのかもしれない。

 それを私たちは、時空を超えて、新鮮な状態で受け取ることができる ―― 実際に手でつかむことはできないけれど、感性のアンテナで。それはある意味、「音楽」という形態でしか実現しえない、とても豊かな経験なのだ。

 では・・・トゥリーナを聴きながら、しばしセビリャへ!

下山 静香