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Yo Kawanari
川成洋
かわなり よう
1942年札幌で生まれる。北海道大学文学部卒業。東京都立大学大学院修士過程修了。社会学博士(一橋大学)。法政大学教授。スペイン現代史学会会長。主要著書『青春のスペイン戦争』(中公新書)、『スペイン戦争ージャック白井と国際旅団』(朝日選書)、『スペインー未完の現代史』(彩流社)、『スペインー歴史の旅』(人間社)ほか。

映画 『メキシカン・スーツケース <ロバート・キャパ>とスペイン内戦の真実』

2013年08月

 物語は、1990年代、スペインのとある田園地帯での発掘現場から始まる。発掘参加者は、主に十数人の老若男女、若い女性の考古学者も混じっている。といっても、いわゆる考古学の発掘ではない。使用している発掘器具からして厳密な学術的な雰囲気ではない。掘り出した人骨を見て、静かに、だが滂沱と涙を流している人もいる。こうした発掘風景はスペイン各地で行われているはずである。

 1930年代の世界中の不安と希望の坩堝と化したスペイン内戦期(1936~39年)、そして内戦後からフランコの死去(1975年)まで続いた軍事独裁体制下における理不尽な殺戮の犠牲となった共和派の死体の発掘なのである。もちろん、「中世の異端尋問の世界に戻した」スペインにおいて、こうした犠牲者はどこで殺されたのか、そしてどこに埋められたのか、正確なところは誰も分かるはずがない、ただ当てずっぽうに掘り起こしていると言えば言い過ぎだろうか。

 そういえば、内戦勃発1週間後に、生まれ故郷のグラナダでフランコ側のテロリストたちに自分の墓穴を掘らされて銃殺された、スペインが誇る世界的な詩人・劇作家のフェデリコ・ガルシア・ロルカの埋葬地点もいまだ不明のままなのだ。こうした事例は、ロルカだけに限らず枚挙に暇なしであろう。ちなみに、まだ10万人以上の行方不明者がいると言われている。

 ところで、正確にいつだったろうか、おそらく1990年代頃と思われるが、マドリードの大型書店に、内戦の犠牲者となった共和派の消息やその家族が体験した証言などを町単位、都市単位にまとめた本が、ズラリと並んでいるのを見たことがあった。いままで身を偽るか、あるいは沈黙を強いられてきた共和派がようやく自らの立場を公然と主張するようになった、と思った。これは、ちょうど1976年から96年にかけて、フランコの死後のスペインの民主化とその定着の達成が至上命令としたために、かつて干戈を交えた両陣営とも矛を収めるべきとする「沈黙の協定」の時期なのかもしれない。そして、2007年10月、スペイン下院において、いわゆる「歴史記憶法案」が可決され、同年12月、施行された。これは、正式には、「内戦および独裁の間迫害あるいは暴力に苦しんだ人々のため、権利を認知および拡張し措置を定める法案」であり、具体的には、被害者の道徳的補償、フランコ体制の断罪、内戦およびフランコ体制の法の放棄、フランコ体制の象徴物の撤去、「死者の谷」における顕彰式典の禁止、国際旅団兵の国籍の確定、強制労働による建築物の同定、などであった。

 この「歴史記憶法案」が下院で可決された2007年、まさに「折しも」と言うべきか、スペイン内戦を撮り続けたロバート・キャパのネガが、それも第2次大戦の大混乱のために失われていたはずの、126本のロールフィルム4500枚ものネガが3つの箱に収められ、メキシコで発見されたのである。それも信じられないほど理想的な状態で。この4500枚のネガの中には、キャパの写真だけではなく、キャパの恋人で、1937年7月にマドリード攻防戦の天王山といわれたブルネテの戦闘で事故死したゲルダ・タロー、さらに彼の親友のデヴィッド・シーモア"シム"の写真も多く含まれている。従って、このフイルムによって、従来キャパの写真だと思われていたのが、タローのものだったり、あるいはシムのものだったりとあらためて確認できたのだった。

 映画『メキシカン・スーツケース』は、このキャパのネガの実に稀有な運命をドキュメンタリー的に再構成している。

 キャパの助手、家族が殺された元共和派の末裔、フランコの報復政策を畏れて亡命した者、キャパが創設したマグナム・フォトの仲間たち、それからメキシコの写真キュレーター、キャパの弟のコーネルが作った国際写真センター(ICP)のスタッフなどの証言などを交えながら、再現されたキャパの写真は実に生き生きとしている。それこそ、「政治と人間の壮大なドラマ」といわれるスペイン内戦であり、スペイン人には忘れたいと思う民族的悲劇であろうが、キャパの強烈な写真が、我々にもう一度、スペイン内戦とはなんだったのか、を否応なしに突き付けるのである。

 「メキシカン・スーツケース」というタイトルであるが、実際には、スーツケースは存在しない。すでに述べたとおり、126本のロールフィルムが収められている3個の箱だけである。

 では、何故、「メキシカン・スーツケース」というのか。

 1979年、スウェーデンでエレガントなルイ・ヴィトンのスーツケースが見つかる。この持ち主は、スペイン内戦期の共和国首相フアン・ネグリンと判明する。マドリ-ド駐在スウェーデン大使はこれをスペイン当局に返還した。このスーツケースの中に、書類とロバート・キャパ、ゲルダ・タロー、シム、フレッド・シュタインの4人が撮影したスペイン内戦の写真が97枚入っていた。この写真を何に使うつもりだったのだろうか。

 97枚の写真の被写体からして苦境に立たされた共和国支援のプロパガンダに使うつもりだったのだろう。それはともかく、これが「スウェーディッシュ・スーツケース」と呼ばれたために、今回、それにあやかって、メキシコで発見されたので、『メキシカン・スーツケース』と呼ばれるようになったのだろう。

 キャパ生誕100年を記念する貴重なドキュメント映画である。

文 川成 洋


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