Autor del artículo

Mari Watanabe
渡辺万里 / わたなべまり
学習院大学法学部政治学科卒。
1975年よりスペインで食文化史の研究に取り組むと同時に、スペイン料理界最前線での取材に従事する。
1989年、東京・目白に『スペイン料理文化アカデミー』を開設。さらに各地での講演、執筆などを通してスペイン文化の紹介に携わっている。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。
著書に「エル・ブジ究極のレシピ集」(日本文芸社)、「修道院のうずら料理」(現代書館)、「スペインの竃から」(現代書館)など。

スペイン料理文化アカデミー
http://academia-spain.com
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2  TEL : 03-3953-8414
スペイン料理クラス、スペインワインを楽しむ会、フラメンコ・ギタークラスなど開催


INFORMACIÓN

Huerta de Albalá
住所: Ctra.CA 6105km.4 Arcos de la Frontera 11630
TEL: +34 856 023 052
E-MAIL: bodega@huertadealbala.com
WEB: http://www.huertadealbala.com
ワイン: Barbazul, Taberner など。

cazuela

cazuela

ブドウ色の地図から・スペインワインよもやま話

2013年08月

その1カディスの山あいで

 まずは、スペインのチステ(笑い話)をひとつ。

・・・神様がスペインを作ったとき、「何が欲しいか?」とたずねると、スペイン人は口々に叫んだ。
「美しい女たち!」「たくましい男たち!」
「美味しいワイン!」「美味しい料理!」
神様は寛大に微笑んだ。「いいだろう、すべてを与えよう!」
そのとき、一人が叫んだ。
「それから、優れた政治家も!」
神様は首を横に振った。「もう頼み事はおしまいだ」
だからスペインには、良い政治家以外なら、何でもある・・・。


 スペインには美味しいワインがたっぷりあります。スペイン地図にワイン産地を書き込んでいくと、全部の地方がブドウ色に染まる・・・。そう言っても過言ではないほど、ほとんどの地方でワインが出来るのです。

 そんなワインのあれこれを、これからご紹介していきます。といっても私の専門はガストロノミア(食文化)で、私にとってのワインとは、食文化のなかのひとつの要素。だからワインそのものだけでなく、その周辺のあれこれ―—ワインと一緒に食卓にのぼる料理や、ワインが作られる地方についてなども含めてのおしゃべりになるでしょう。お気に入りのワインのグラスを傾けながら、気楽に読んでいただけたら嬉しいです。





 さて今回は、昨年訪問したアンダルシアのカディス県にあるボデガ(ワイナリー)のお話です。

 このボデガの赤ワインと出会ったのは、マドリードの大手ワイン店でのことでした。カディスといえばシェリー酒の産地なのに、赤ワインだけ作っているボデガ。しかもブドウはシラーとメルロー、つまり外来種だけ。データを見ると、スペインワインの既成のイメージとは真っ向からぶつかるようなワインです。

 しかし飲んでみるとまろやかで華やか。それでいて、通常このブドウのワインには感じられない「大地」を感じさせるパワーがある。これがアンダルシアの大地かもしれない。興味をそそられるワインです。それ以来このワインは、私のお気に入りのひとつとなりました。だからこそ、カディス方面への旅行を計画した私は真っ先に、このお気に入りワインの生まれるボデガを訪問することにしたのです。



 アンダルシア地方カディス県は、大西洋岸、地中海岸、山岳部の三つの地域に分けることが出来ます。中心となるカディスは海沿いの街だし、観光客の数も海辺のほうが圧倒的に多いのですが、sierra(山寄りの地帯)もひなびた美しい村があったり豊かな山の幸に恵まれていたりして魅力的です。

 今回の目的地も少し内陸部にあるので、海につき出したカディスの町を出発した車は、高速道路をいったんヘレス・デ・ラ・フロンテラへと北上し、それから東へと向かっていくことになります。両側には小麦畑や野菜畑が点在し、豊かな土地が続いています。アンダルシアというと焼け付く灼熱の大地というイメージがありますが、全体を見ると、こういう緑豊かな沃野の面積も決して少なくありません。アンダルシアのパンがローマ時代から人気があったという史実が頷けるような、ゆったりした田園風景です。

 アルコス・デ・ラ・フロンテラという、中世そのままの景観を残す美しい村を通り過ぎるとまもなく、ボデガへの標識が見えてきました。なだらかな起伏のブドウ畑の真ん中に広がるボデガの広い敷地は、伝統的なコルティホ(農場)らしい構えの門から始まっています。最近作られた最新設備のボデガであっても、その土台にはアンダルシアの伝統があり、スペインのワイン作りの人たちが継承して来たものへの誇りがある。そんなことを感じさせてくれる、古風で田舎風の白い漆喰の門構えです。



 車が到着したのは、周りに広がる田園風景と上手に調和して、シンプルな中にもどこかシャープな色合いを持つボデガの建物でした。こういうところが、スペインの建築家の良いところ。古いものから新しいものへと何層にも重なる歴史の断面が、いつも身近にあるような文化のなかで育っているからでしょう。ローマ時代の遺跡の横にディスコを作れと言われても、臆せずに作る。畑の真ん中に、機能的でありながら田舎家風のボデガを作れと言われたら、それもちゃんと作るのです。

 ワインを仕込む部屋から樽の並ぶひんやりとした部屋へ、瓶詰めが今も行われている部屋へ。最近のボデガは大抵、技術的には大変現代的でコンピュータ制御されていて清潔です。逆に言うと、昔のように「ここのボデガならではの特色」というような設備に出会うことは、ほとんどなくなりました。料理の世界と同じです。誰でも技術はある。ノウハウは持っている。だから、その先で勝負しなければならないのです・・・。



 ここのボデガで私が目を留めたのは、贅沢な樽をそろえているな、ということでした。フレンチ・オーク樽の新品といえば、どれも安くはありません。それなのに有名な会社の優れた質の樽をそろえていて、必要な場所によって使い分けている。これはとても贅沢です。

 私は思わず、20年くらい前にカタルニア地方の山の中のボデガ、当時売り出し中だったアルバロという青年のところを訪れたときのことを思い出しました。彼は、「新しいフレンチ・オークの樽を買いそろえるために、中古の樽の売買というアルバイトをしている」と語ってくれたのです。大手のボデガの御曹司である彼が、独力で道を切り開いていることを物語るエピソードとして、私のなかに今も鮮烈に残っています・・・。



 話がそれましたが、つまりこのボデガのオーナーのビセンテ氏は裕福なビジネスマンであるということを、ずらっと並んだ香りのいい樽が語っているのです。このボデガで一番注目すべきものがあるとしたら、それはビセンテ氏だろう、という訪問前からの確信が一層強まってきます。

 ビセンテ氏は、バレンシアの出身。早くからワインビジネスに携わっていたようです。シェリー酒の会社にも関わり、そのあとドイツでワインビジネスを興したが「シェリーの産地で赤ワインを作りたいという情熱を持って、この地に戻って来た」のだそうです。

 赤ワインが中心という産地が多いスペインのなかで、カディスは特別な地方です。ヘレス・デ・ラ・フロンテラという小さな町を中心とするごく狭い地域で作られている世界的に有名なワイン、jerez(シェリー酒)だけで有名な地方なのです。ここでは、シェリー酒以外の赤ワインや白ワインを作っても、その扱いはvino de la tierra、つまり地ワインとでもいうような低いランク付けになってしまうくらい、シェリー酒だけが価値を持っている地域。そこでわざわざ高級赤ワインを作ろうというのが、このボデガの趣旨ということになります。そしてその試みは、見事に成功しつつあると言っていいでしょう。



 高台の畑まで車で連れていってもらうと、水はけの良さそうな畑に比較的若いブドウの木が並んでいます。この一帯が以前はブドウ畑ではなかったこと、ごく一部在来種のブドウを作っている地域はあったけれど、それは全部撤去してシラーと中心とする植栽を計画したことなどは、資料で読んできました。カディスはジブラルタルに近い、つまりスペインの海岸で一番南へと出っ張ったところであり、ジブラルタルを境に地中海と大西洋に面しています。だからここのブドウ畑は、地中海性気候と大西洋気候両方の影響を受けていることになります。その気候が、スペインでは難しいとされてきたシラーというブドウに、いわば「カディスのシラー」と呼んでもいいような独自の個性を与えたのかもしれません。

 おだやかな起伏を描いて連なるブドウ畑。その間に点在する白い漆喰のアンダルシアらしい農家。ありふれて見えるこの田園風景のなかに、こんな特別なワインを生み出すプロジェクトが潜んでいるなんて、言われなければ気づかないでしょう。遠くにグラサレマの山並みが見える畑の一角で、私はしばしアンダルシアの空気とブドウ畑の静寂を楽しみました。



 ボデガ見学の最後はワインの試飲。収穫期や新酒が発表される時期には賑わうはずの広い食堂はしーんとしていましたが、輸出担当のダヴィッドに加えて営業のマグダ、そしてエノロガ、つまりワイン技術者のミラグロスが私のカタ(試飲)につきあうために来てくれたので、俄然楽しくなってきました。

 ここのワインを東京でもよく飲んでいると話すと、ミラグロスに、

「それは嬉しいわ。でも、ちゃんとゆっくり休ませてから飲んでいるでしょうね?」

と聞かれました。2ヶ月か3ヶ月ゆっくり時間を置いてから開けているのでそう答えると、ミラグロスはほっとしたように頷きました。

「このワインは旅に弱いの。ゆっくり寝かせてから飲んでちょうだい。ボルドーの品評会に持って行ったときも弱っていて、すぐにはとても出せなかった。品評会まで数日しかなくて、とても不安だったわ。結果的にはかなり回復して賞をとれたのだけれど。」



なんだか彼女の表現が人間のことを話しているようで、私は嬉しくなりました。技術者がこうしてワインに愛情を注いでいるなら、ワインが良いのは当然のことでしょう。

そんなミラグロスが、折角日本から来たのだから、と出してきてくれたのが、新製品としてデビューしたばかりの白ワインでした。

「とても美味しいので社員も皆買いたがったけれど、品薄だから一人1本しか売ってもらえないの。もちろん、輸出はまだ先のことになるでしょうね。」

赤ワインと同じデザインのエティケタ(ラベル)のシャルドネは、フルーティで華やいだ香りが印象的。そして適度な酸味とコクが長く余韻を引く、なかなか優れた味わいです。アンダルシアの暑い夏の料理にも、よく合いそうです。

「このワインのブドウ畑は、シェリーの老舗の畑だったの。ビセンテが畑を買い取って、その年の収穫が終わるのを待って植わっていたパロミノを抜き、シャルドネを植えたの。パロミノに適した土地がシャルドネにどう出るか、面白いはずだ、と言って。」

シェリーの産地では神聖不可侵のはずのパロミノ種のブドウを引っこ抜いてシャルドネを植えるとは! このボデガ、まだまだ面白いことが起こりそうです。

 カディスの街に戻って来た私は、マグダが「うちのワインを気に入って使っている」と教えてくれたレストランを訪れました。

 海沿いの遊歩道に面した明るいテーブルで、店長に「この赤ワインに合う料理を選んでちょうだい!」と言うと、彼はしばらく考えてからこう答えました。

「それでは伝統的な料理からひとつ、新しい料理からひとつ、選びましょう」

 生野菜の上にチーズとフォアグラをたっぷりとあしらったサラダは、見ただけで嬉しくなるような賑やかな一皿。カディスの山岳地帯で作られるヤギのチーズ、ソテーしたフォアグラ、濃く詰めた甘いシェリービネガーが織りなすハーモニーと、このワインの持つエレガントな華やぎが見事にマッチします。ドライアプリコットが、シラーとメルローの巧みなクパージュの奥に潜んでいるノスタルジックな甘さを、上手に思い出させてくれるところも合格。

 そして「クラシックな料理」として出してくれたのは、カディスの名物料理のひとつ、「bienmesabe」でした。ビエン・メ・サベとは、直訳すると「なんて美味しいんだろう!」という意味。カディスでこの名前を言うと、サメ肉の揚げ物料理のこと。だのに何故かマラガでは、デザートの名前になっています。同じアンダルシア地方なのに面白いですね。

 カディスのビエンメサベは、別名をcazón en adoboともいいます。カソンとは小型のサメのこと。アドボとは、下味に漬け込む調理法のことです。つまり、癖が強く脂ののったサメの肉を赤ワインベースのマリネにゆっくり漬けこみ、それを高温のオリーブ油でフライにした料理です。

 食べてみて、驚きました。どちらかというとカディスのB級グルメだと思っていた料理が、ワインの持っているパワフルな部分、「大地」の確かさを感じさせる部分と互角に勝負しています。バランスのいいタンニンと、スペインワインが時として甘えてしまう安易なフルーティさに流れずに適度な重さを持つワインが、サメという庶民の魚を見事にレストランの一皿に格上げしてくれたのです。

 ワインと料理を楽しみながら、私は考えていました。今回のボデガ訪問は、ちょっとだけ物足りない。というのも私は、ぜひオーナーのビセンテ氏に会って、直接彼に聞いてみたかったのです。

 これって「殴り込み」じゃないですか、ビセンテさん? シェリー酒だけを何百年も作って来た、それ以外のワインがこの土地で勝利することなど許されないような土地。「陽気なアンダルシア」なんて外国人は言うけれど、本当は閉鎖的で頑固な人々が、何世代も動かずに暮らしているような土地。そこで、モダンでエレガントなびっくりするような赤ワインを作ってみせる。そんなことを考えた彼の本音を、彼の生の声で聞きたかったのです。

 でも、こうして彼のワインを飲んでいると、ワインのしっかりと揺るがない味が、十分に彼の挑戦が報われたことを物語っています。そして、ボデガで試飲させてもらった、あのはっとするほど爽やかな白ワインの風味を思い出したとき、私はビセンテ氏が、彼の最新のコメントを私の耳にささやいてくれた気がしました。

「赤ワインだけじゃないよ。白ワインもつくってみせる! まだまだ皆をあっといわせて見せるよ!」

 その白ワインが1本、バッグに入っていることを思うと———そしてこの白ワインがまだ日本では未発売なのに、持って帰って自慢できることを思うと、私は感想を訂正しました。こんな楽しいボデガ訪問ができて本当に良かった、と。

文・写真 渡辺万里