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Autor del artículo

Mari Watanabe
渡辺万里 / わたなべまり
学習院大学法学部政治学科卒。
1975年よりスペインで食文化史の研究に取り組むと同時に、スペイン料理界最前線での取材に従事する。
1989年、東京・目白に『スペイン料理文化アカデミー』を開設。さらに各地での講演、執筆などを通してスペイン文化の紹介に携わっている。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。
著書に「エル・ブジ究極のレシピ集」(日本文芸社)、「修道院のうずら料理」(現代書館)、「スペインの竃から」(現代書館)など。

スペイン料理文化アカデミー
http://academia-spain.com
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2  TEL : 03-3953-8414
スペイン料理クラス、スペインワインを楽しむ会、フラメンコ・ギタークラスなど開催

スペインのクリスマス菓子

2014年02月

「クリスマスに、アリカンテで作られたトゥロンを食べる。私たちは当たり前のことのように思っているけれど、実際はそこに至るまでのたくさんの『何故』があるはず。どうしてトゥロンがクリスマスのものなのか? どうしてアリカンテなのか? どうしてアーモンドの菓子なのか?・・・。お菓子を売ることを仕事にする一家に生まれたのだから、そういう歴史を知っておきたいと思って勉強してきました。」

 アナはそう言って、クリスマス菓子に関する私の疑問のあれこれに答えてくれた。彼女に道案内をしてもらって、スペイン菓子の世界のいくらかを紹介しよう。その舞台がクリスマスなのは、普段はやや地味で目立たない感のあるスペインのレポステレリア(菓子、デザート)の世界に、もっとも華々しくスポットライトがあてられるのがクリスマスシーズンだから。そして、元々はカトリックの祭日であるクリスマスの菓子の由来が、実はユダヤ教徒やイスラム教徒にある、というような事実そのものが、スペインの経てきた独自の歴史の一端を物語ってくれるからだ。


サン・ミゲル市場内の「オルノ・サン・オノフレ」



左からトゥロン・デ・ヌエス、
パン・デ・カディス、トゥロン・デ・ナランハ


クリスマスは2週間続く

 アナは、マドリードの老舗菓子店を営む一家の2代目で、お父さんが今も竈で菓子やパンを焼く「オルノ・サン・オノフレ」と、妹が取り仕切る「オルノ・ラ・サンティアゲサ」、新しく市場のなかにできた支店などの営業、企画を担当している。

「クリスマス。セマナ・サンタ(復活祭)。トドス・ロス・サントス(万霊節)。スペインの季節の行事の基本はカトリックの祭日で、それぞれの祭日に決まりの菓子があります。季節の行事とそれに欠かせない料理や菓子。次の世代に伝えていくべき大切な文化ですね。」

様々な行事のなかでも、クリスマス時期の菓子店の活気には格別のものがある。それというのもカトリックのクリスマスは日本で一般に想像するように12月25日だけではなく、12月24日のノーチェ・ブエナ(クリスマス・イブ)から1月6日のディア・デ・ロス・レジェス(公現節)までの長い期間にわたるということが、大きな理由だろう。

 クリスマス週間のあいだ、多くの家庭ではクリスマス菓子を盛り合わせた大皿が用意され、食後やおやつの時間に家族や訪れた客に供される。そこにはトゥロン、ポルボロン、マサパンなど比較的日持ちする菓子が色とりどりに盛り合わせられている。そして、クリスマスの最後の祝日である1月6日にはロスコン・デ・レイジェスが用意される。これらの菓子はスペインの人々にとってクリスマスを象徴する、なくてはならない存在なのだ。まず、クリスマス菓子というと一番に挙げられるトゥロンの歴史をひも解いてみたい。



「オルノ・ラ・サンティアゲサ」のアナ


アラブ人の作り始めたトゥロン

 アーモンドはローマ人、あるいはギリシャ人によってイベリア半島にもたらされた。なかでもいち早くアーモンドを生産するようになったのが、降雨量が少なく平均気温が極端に下がらないアリカンテの山岳地帯だった。

 アーモンドと砂糖と蜂蜜。3つの主要材料がそろったところで、この地にやってきて定住したアラブ民族が、トゥロンを作り始める。今もモロッコやチュニジアなど北アフリカで、当時とほとんど同じ製法の菓子が作られている。

 その後、地中海沿岸地方で発達した農業市の影響で、トゥロンはスペイン各地へと売られていくようになる。トゥロンが作られるのは、秋のアーモンドの収穫期のあと。そして、トゥロンが遠く首都のマドリードに到着する季節が、およそクリスマス時期だった。保存料のなかった時代、トゥロンも現在のように保存のきく菓子ではなく、あくまでアーモンドという主材料の収穫期に合わせて作られる季節の菓子だったことを考えると、この流れは理屈に合っている。こうして、クリスマスとトゥロンが結びつくことになる。

 トゥロンはアーモンドと蜂蜜、砂糖などを混ぜ合わせて固めた菓子で、粒状のアーモンドの入った固いタイプ「トゥロン・デ・アリカンテ」とヌガー状に練った柔らかいタイプ「トゥロン・デ・ヒホーナ」の2種類が基本だ。そこへ次第に新しいバージョンが加わり、今ではデパートのトゥロン売り場に並ぶ種類は20種から30種以上。ただし、有名な菓子店で手作りされるトゥロンは、今も伝統的な数種類のものに限られる。前述の2種に加えて、ココナッツを固めた「トゥロン・デ・ココ」。マサパン生地に砂糖漬けのフルーツを埋め込んだ「トゥロン・デ・フルータ」。卵黄を加えて練った「トゥロン・デ・ジェマ」などが、その主だった顔ぶれだ。


トゥロン・デ・アリカンテ
中に粒状のアーモンドが入った、固いタイプのトゥロン



トゥロン・デ・ヒホーナ
ヌガー状に練った柔らかいタイプのトゥロン


ほかにも、マサパン生地のなかに数種類の生地を挟んで巻いたアンダルシア生まれの「パン・デ・カディス」。バルセロナ生まれの「ジェマ・トスターダ(焦がしたカスタード)」。これは、カタルニアのもっとも有名なデザート「クレマ・カタラナ」をそのままトゥロンにしたようなもの、と考えると想像しやすいだろう。

 マドリードには、トゥロンだけを売り物にする専門店がある。カレテラ・デ・サン・ヘロニモに面して今も古めかしい構えの「カサ・ミラ」は、12月に入ると日ごとに店の前の行列が長くなっていく。大きな塊からグラム単位で切り取って売るここのトゥロンは決して安くはないが、その質感も香りも、スーパーでパッケージに入れて売られているものとは比較にならない。

 とはいえ、パッケージ入りでも健闘しているメーカーもある。カタルニア本社のトゥロンメーカーは、マドリードの中心地に店舗をかまえて3年。バルセロナでは定番の、マドリードとはまた少しタイプの違うトゥロンには、多くのファンがついてきている。今年のニューフェースは、「エル・ブジ」で有名なアドリア兄弟の弟アルベルトがプランニングしたトゥロンで「フランボアーズ味」「ピニャコラーダ味」など発想も面白く、素材の質も良い。トゥロンの人気争いは、むしろこれから面白くなりそうだ。



マドリーの老舗トゥロン専門店、「カサ・ミラ」
マドリードの人々に愛されてきた伝統と風格が店構えにも漂う。



計り売りのトゥロン・デ・ヒホーナ



砂糖漬けのフルーツ入り、トゥロン・デ・フルータ


贅沢なアーモンド菓子マサパン

 アーモンドと砂糖を練って焼くマサパンもまたアラブ文化の遺産といえる。アラブ語での名前は「マウラバン」、座っている王という意味で、アラブ人たちが平たく丸いマサパンの中央に王の顔を刻んでいたことに由来すると言われる。

 この菓子は平たい箱に入れてキプロス島に運ばれ、そこから当時の商業の中心地だったバレンシアへ送られてヨーロッパの国々へと届けられ、いくつもの国で普及していく。スペインでも、1525年に出版されたルペルト・デ・ノラの料理の本にはすでに、いくつかのマサパンのレシピが載っている。当時は、マサパンは王侯貴族のための贅沢な菓子だったこともわかる。

 スペインでマサパンの産地としてもっとも有名になのはトレドで、最初にマサパン作りを始めたのは修道女たちだった。修道院で、最初は寄進者への返礼として菓子を作り、のちには収入を得るための手段として菓子作りに従事してきたという伝統はスペインの全土に見られるが、トレドでもドミニコ会の修道女たちが、マサパン作りを受け継いできている。

 修道院だけではなく、トレドの街にはマサパン専門店が多くみられ、町の名物として広く知られている。スペインのマルコナ種のアーモンドは世界でトップと言われる美味なアーモンドで、特に製菓の世界では珍重されているが、トレドでは地中海岸を中心とする産地からマルコナ種のアーモンドを取り寄せて、マサパンを作っている。

 マサパンのなかでも「アンギーラ(ウナギ)」と呼ばれる形のものが、クリスマスには菓子店のウィンドウに飾られる。どうしてウナギなのか?ちなみに、日本人の私にはウナギというよりドラゴンのように見える風貌だが。

「アンギーラをクリスマスに、という由来は特にないけれど、ローマ時代からウナギは悪運をよけるシンボルだったようです。幸運を招く形に作った贅沢なマサパン。クリスマスにぴったりだからではないでしょうか。」

 アナの店でも、マサパンは高級な菓子のひとつであり、「アンギーラ」はそのなかでも贅沢品だが、クリスマスプレゼントとして欠かせないアイテムだという。



ショーウィンドウに飾られた、「アンギーラ」。
ユーモラスな見た目もさることながら、
ピッタリの丸いパッケージもそれぞれ異なった素敵な柄が描かれている。
クリスマスに欠かせないプレゼントだ。


素朴な庶民のクリスマス菓子、ポルボロン

 小麦粉とラードと砂糖を主材料とするポルボロン、マンテカード、マンチェゴなどは、16世紀ごろからイベリア半島の菓子の歴史に登場した。大晦日の「ウバス・デ・ラ・スエルテ(幸運の12粒のぶどう)」と同じく、備蓄していた食料を祭日のために活用するという発想から生まれた、庶民の菓子と言える。

 ポルボロンは、アンダルシア地方のエステパ、アンデケーラ、コルドバなど、小麦と豚の油脂だけが豊富にある貧しい地域で生まれ、それがラ・マンチャ地方へともたらされて、その地の産物であるワインを加えてマンチェゴという菓子に変化した。また、ポルボロンは小麦粉の分量が多いので、その粉を焦がすことで独特の風味を加え、クリスマスの菓子として定着してきたのに対して、卵を加えてしっとりと仕上げたマンテカードは、年間をとおして朝食などに登場する。これらの素朴で質素な菓子類は、トゥロンやマサパンが高価なアーモンドという素材ゆえに贅沢な王侯貴族の菓子として始まったのに対して、スペインの庶民から生まれた菓子の流れということになる。

 ちなみに、この機会にぜひとも訂正しておきたい間違った風聞がひとつ。日本でいつのころからか、「ポルボロンを口に入れて3回ポルボロンと言うと幸せになる」という説が飛び交うようになった。今回のガイド役のアナをはじめ、製菓にかかわるプロの人たちに聞いてみたが、「スペイン人は誰も、そんな説を聞いたことがない」というのが共通の意見だ。

どうも、冗談好きのスペイン人にからかわれた日本人がいて、その人が冗談を真に受けて広めてしまったのではないか、と彼らは言う。第一、スペイン人がどのようにしてポルボロンを食べるかを知っていたら、こんな説は生まれないだろう。スペインでは、紙包みのポルボロンを手のなかでぎゅっと握りしめて、粉が飛び散らないように固めてから紙を開いて食べるのだ。ということで、本誌の読者の方々には今後率先して、この間違った情報を払しょくしていただきたいものと願っている。



キャンディのような紙包みが特徴的なポルボロン。


クリスマス最後の祭日を飾る ロスコン・デ・レイジェス

 アーモンドと蜂蜜を使った、いかにもアラブ起源の菓子が勢ぞろいしているクリスマス菓子のなかで、少し異色の菓子がロスコン・デ・レイジェス(王様の日のリング菓子)だ。

 この菓子の始まりは、古代ローマに遡るといわれる。イベリア半島における「小麦粉を使って焼いた菓子」の大部分のルーツはユダヤ教徒にあると言われていることも、留意してもいいだろう。

 ロスコンはブリオッシュに似たオレンジの香りのパン生地で、リング型に焼くのでロスコン (大きなリング)と呼ばれる。ロスコンに似た菓子はフランスその他のカトリックの国々にもみられるが、形状は必ずしもリングではない。共通なのは、中に小さな瀬戸物のフィギュアが入っていて、これが当たった人に幸運を招くといわれていることだ。

 ローマ時代には冬至の日にロスコンの原型とみられる丸い菓子が作られ、そのなかに乾燥ソラマメが入れられていて、それが当たった;人は、その日限りの「王のなかの王」と呼ばれたという。このニュアンスがそのままカトリックの伝統に組み込まれてフィギュアが入れられるようになったと思われるが、面白いことにスペインのなかでも地方によっては、フィギュアだけでなく乾燥ソラマメも入れる習慣がある。その場合、「フィギュアが当たった人は今日の王様、ソラマメが当たった人はこのロスコンの代金を払う」ということになっている。

 ロスコンは公現節に深く結びついた菓子で、1月5日から6日にかけて集中的に販売されるのだが、実は近年人気上昇中。ここ10年で売上が伸びた唯一のクリスマス商品と言われている。その人気の理由としては、甘くて固い今までのクリスマス菓子のグループより、それほど甘くないパン生地のロスコンが現在のスペイン人の嗜好にあっている、ということが考えられる。



中には、当たった人に幸運を招くと言われる瀬戸物のフィギュアが。
ぽってりとした丸い形と上にのったアーモンド
や砂糖漬けのフルーツなどがとても可愛らしい。


 しかしそれ以上に感じられるのは、「スペインのクリスマスそのものが変わりつつある」という事実だ。マドリードの下町をアナと歩きながら、「最近ベレンを見かけなくなった」という話題になる。ベレンとはキリストの生誕シーンを再現した飾りで、近年までのスペインでは、各家庭だけでなく多くの店のウィンドウにも、それぞれに意匠を凝らしたベレンが飾られていた。しかし今、下町を歩いてもめったにベレンのある店には出会わない。

「ベレンは飾らないけれどクリスマスツリーは飾る。デパートでは、3人の王様に代わってパパ・ノエル(サンタクロース)が子供たちに挨拶する。そんなアメリカナイズが本当に景気回復につながるのでしょうか?私はむしろ、スペインらしさを大切にしなければ、観光立国スペインの再起は難しいと思いますが・・・。」

 複雑で豊かなスペインの歴史の断面を見せてくれる、クリスマス菓子の色々。それを守っていくことで新しいスペインを発展させたいと力説するアナや彼女たちの世代に、これからも伝統菓子の世界で活躍してほしいものだ。


文・写真 渡辺万里