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『さらばスペインの日日』

2014年02月

【著者】 逢坂剛著
【出版社】 講談社
【定価】 2,300円+税

 第二次世界大戦期のヨーロッパにおいて日本人がどう戦ったのか、あるいは戦わなかったのか ―― なんとも荒唐無稽な設問という感じがしないわけではないが、このテーマにチャレンジした《イベリア》シリーズ全7巻の最終巻が、本書である。シリーズの第1巻『イベリアの雷鳴』が1997年刊行というから、実に16年の歳月をかけて全七巻を書き続けてきたことになる。逢阪剛の不退転の執筆姿勢にただ感嘆するばかりでる。

 本書の舞台となる国は、まず中立国といっても枢軸国側の、当時「世界情報の展望台」と言われたスペインを中心に、同じく隣国の中立国ポルトガル、枢軸国側のドイツ、それに日本人が全く入国できない連合国側のイギリスの4カ国である。しかも、日本人が戦うといっても、言うまでもなく「情報戦」である。枢軸国側と連合国側の諜報組織が時に奇奇怪怪な、時に命を賭けて鎬を削る激烈な情報戦の真っ只中においてであった。ちなみに、アブヴェア(ドイツ国防軍情報部)のマドリード支部は、200人以上の将校と約300人の秘書を抱える巨大で整然とした組織であった。これと対峙する英米の諜報機関も比肩する組織であったはずである。

 本書が扱っている時期は、1945年5月5日(マドリード)から始まり、5月9日のドイツの無条件降伏で、ヨーロッパ戦線は終結する。次いで8月15日の日本の無条件降伏へと続く。外交官を含む在欧日本人の帰国、さらに46年1月1日の天皇の人間宣言、4月5日のGHQの諮問機関で、米・英・ソ・中で構成される対日理事会初会合などの1946年4月(東京・御茶ノ水)まで、である。第二次世界大戦の終結前後の隠れた複雑な動きを扱っている。

 本書というか、《イベリア》シリーズの醍醐味は、なんといっても、各国のキーパーソンはほぼ実在の人物であるという点である。あるいは、実在しているのだが、まだ存命中の場合、スパイという仕事の関係上実体を特定しかねる場合、本名を類推できる名前で登場させている。

 例えば、日本側の登場人物としては、外務省の第7代情報部長から第二次世界大戦勃発の翌月スペイン全権公使に就任し、スペイン人スパイ組織「東」を雇って密かにアメリカに送り込み、その情報を外務省に打電し、「情報の須磨」と謳われ、敗戦直後戦犯として帰国を命じられ、巣鴨刑務所に収監された須磨彌吉郎。ドイツ大使館付陸軍武官(中将)で予備役となりドイツ大使に就任し、「ドイツ人以上にナチス的」といわれた大島浩は、ヒトラーの熱い信頼から取りえた極秘情報を即刻日本の参謀本部に打電し、それをアメリカ軍事諜報部がカットして、イギリスに伝えていた。イギリスは「ドイツ人の2重スパイ」を使って「与太情報」を流していたがどの程度信じられていたか覚束なかった、その情報がドイツ軍上層部のみならずヒトラーまでも信じ切っていたという事実を、大島・参謀本部極秘電報でわかったのだった。イギリスからすれば大島浩大使こそ最大の戦勝功労者であったのだ。この英独情報戦は、言うまでもなく「スパイの最先進国」イギリス側の、完璧な勝利であった。

 また、イギリスのMI6(海外秘密情報部)イベリア課長で、ソ連のスパイを兼ねた「2重スパイ」であり、「20世紀の最大のスパイ」の異名をほしいままにしていたキム・フィルビー。さらに、1944年7月20日の「ワルキュール作戦」といわれたヒトラー暗殺未遂事件に連座して逮捕され、連合国軍の砲声が間近にする1945年4月9日、フロッセンビュルク強制収容所で処刑された元アブヴェア長官ウィルヘム・フランツ・カナリス提督。カナリスの処刑については、本書の作中人物で、彼と同じ収容所に収監されていた日本陸軍参謀本部付情報将校の北部昭平が伝える。

 本書は、このような人物が随所で重大な役割を果たしている、あるいは運命の悪戯というべきか、本人の意図とは逆の結果を招来させることもあったりして、実にリアリステックな情報戦を主軸とするもう一つの壮大な第二次世界大戦が異常な迫力をもってわれわれに迫ってきている。

 最後になるが、本書の巻末(pp。594~619)に掲載されている「作者自身によるエピローグ」は、この分野を研究しようとする者には、裨益すること大なりである、ということを付言しておきたい。

評者 川成洋 (法政大学名誉教授)