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Autor del artículo

Mari Watanabe
渡辺万里 / わたなべまり
学習院大学法学部政治学科卒。
1975年よりスペインで食文化史の研究に取り組むと同時に、スペイン料理界最前線での取材に従事する。
1989年、東京・目白に『スペイン料理文化アカデミー』を開設。さらに各地での講演、執筆などを通してスペイン文化の紹介に携わっている。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。
著書に「エル・ブジ究極のレシピ集」(日本文芸社)、「修道院のうずら料理」(現代書館)、「スペインの竃から」(現代書館)など。

スペイン料理文化アカデミー
http://academia-spain.com
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2  TEL : 03-3953-8414
スペイン料理クラス、スペインワインを楽しむ会、フラメンコ・ギタークラスなど開催

cazuela

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ブドウ色の地図から・スペインワインよもやま話その2
エノツーリスモ体験記

2014年05月

 「エノツーリスモenoturismo」という言葉が、最近スペインでじわじわと流行ってきています。ワイン(eno)と旅(turismo)が合体したものと考えると、スペイン人にとって昔から旅にワインは付き物だろう、何も今更目新しくないと思われるかもしれませんが、単にワインを飲んで歩くのではありません。ワインについて学ぶ旅、ワインの生まれる風土を訪れる旅をしようという動きなのです。


エノツーリスモ体験記。


 たしかに、昔からワインのボデガ見学というものは存在しました。しかしながら、その「見学」は、このエノツーリスモとはまったく別のものでした。例えばヘレス・デ・ラ・フロンテラのシェリー酒のボデガで。案内のお嬢さんは、シェリー酒を作るプロセスを説明しながらボデガのなかを移動していきますが、見学グループは勝手なおしゃべりに忙しく、折角の説明をきちんと聞いている人はほとんどいません。そして見学ルートの最後で、
「それでは、これからシェリーの試飲です」

と言われた途端、全員がぱっと目が覚めたように元気になり、その酒蔵の数種類のシェリーをぐいぐいっと飲み干すのです。その時、私の耳にひときわくっきりと聞こえて来たのはこんな言葉でした。
「さあ、アペリティーボも終わったから食事に行こう!」

 なるほどスペイン人諸君は、シェリー酒を作るプロセスを知るためではなく、食前の一杯を飲むために来ていたのだなあと、若き日の私は妙に感心したものでした。


ペニャフィエルの町並み。のんびりと散策するのにぴったり。


 しかし今回ご紹介するのは、違います。今やスペインでも、本気でワインについての知識を増やしたいという人たちが増えて来て、そういう時代だからこそ生まれた本格的なボデガ見学のお話です。

 取材でボデガを訪れるときには1人で行くことが多いのですが、たまたま今回は、スペインに住んでワインビジネスに関わっている日本人女性Hさんと知り合ったので、彼女の案内でボデガを訪問することになりました。何しろ今回の訪問はボデガの取材というよりエノツーリスモの取材ですから、一観光客になったつもりでボデガ見学を楽しめばいいのです。

 しかも今回訪問するボデガは特に見学に力をいれていて、その値段も38ユーロだと聞きました。ワインを味見するのに約6千円? いったいどんな見学をさせてくれるのかと興味津々で、私はHさんと待ち合わせたバジャドリードへと出かけていきました。

 リベラ・デル・ドゥエロは、押しも押されぬ高級赤ワイン産地として、スペイン中に広く知られています。歴史を遡るなら一番古い高級ワイン産地は、フィロキセラという害虫の発生のせいでボルドーから流れてきたワイン職人たちによって、いち早くフランス流のワイン醸造を取り入れることができたリオハですが、そのあとを追うようにして知名度を上げたこの産地は、独特のフルーティで華やかな印象を持つ赤ワインがスペイン人の嗜好をとらえ、今では人気ワイン産地としてすっかり定着しています。

 一昔前には、レストランやバルで少し上等のワインを頼むときの代名詞が「リオハのワインを」であったのが、いつのまにか「リベラ・デル・ドゥエロを」と注文する人々も多くなって来ました。それに元々、このリベラ・デル・ドゥエロは、昨今の超高級ワインたちが現れるずっと前から並外れて高価なワインが存在した地方でもあります。若い時の華やかさが大きな魅力であるため、長く熟成させずに早く売ってしまうメーカーが多い一方で、最近はしっかりと作り込んだワインを発表するボデガも増えて来て、ますます魅力を増して来ている産地といっていいでしょう。

 澄んだ空気が冷たいバジャドリードの朝を出発したHさんの車は、次々とブドウ畑を通り過ぎながら南西へと向かいます。リベラ・デル・ドゥエロは、名前のとおり、カスティーリャ・イ・レオン地方を東西に流れるドゥエロ川沿いに広がるワイン産地です。川がソリア県からブルゴス県を経てバジャドリード県へ、さらにはポルトガルとの国境へと横長に流れているので、ワイン産地そのものも東西に長く広がり、いくつもの地域に散らばった生産ゾーンから成り立っているのが特徴です。今日の目的地のボデガはペニャフィエルという町の外れにあり、産地全体からみれば比較的ポルトガル寄り、つまり西よりの地帯に位置しています。

 ペニャフィエルも、小さいながらリベラ・デル・ドゥエロのなかの重要な拠点のひとつ。町の中央の小高い丘には中世の城がそびえていますが、その城は今ではワイン博物館となっているほどです。私は以前、この町で食文化フォーラムが開かれた時に招かれ、そのついでにワイン博物館のなかでのテイスティングを体験させてもらいました。大きな船のような独特の形の城が、外観とは対照的に内部は見事に近代化され、空調の効いたおしゃれな空間として生かされていたことを覚えています。町そのものも、さすがワイン産地のまっただ中にある町らしく、ワインを売る店やバルも魅力的。時間のある方なら、この古い町をぶらぶらするだけでも、楽しいひと時が過ごせるでしょう。


ワイン畑の向こうにお城が見える。



ぶどうの木。


 ボデガに到着すると、セニョリータに案内されて、まずはブドウ畑を見下ろすテラスへ。この時期に畑で働いている人はそれほど多くありませんが、それでも木の手入れをしているグループがいくつか見受けられます。ワイン造りとは、まず何よりも農業なのだと感じさせてくれる光景です。独特の刈り込み方で葉や果実のない今はオブジェのようにも見えるブドウの木が、遠くに城をのぞむなだらかな斜面に遠くまで広がっています。

「ホセ・マリアはセゴビアでレストランを経営していましたが、ソムリエとして賞をとったのがきっかけで自分のレストランのためのワインを作りたいと考えるようになりました。そして色々探し調べた結果、この地域に目を付ました・・・」

 ボデガの名前であるカラオベハスとは、元々このあたりの斜面が羊の群れの通り道であったことから、そう呼慣らわされてきた地名だそうです。水はけの良い斜面がなだらかに続き日当りも良く、今でも羊の群れが好んで通っていっても不思議の無いロケーションです。

 リベラ・デル・ドゥエロのワインといえば普通赤ワインを意味し、それに使われるブドウは大部分がティント・フィーノ。これはスペインを代表する黒ブドウであるテンプラニージョの亜種で、この地域でもボデガによってはテンプラニージョと呼ぶところもあり、もうひとつの名前であるティンタ・デル・パイスを使う会社もあります。どの呼称を使うかというところにも、それぞれのボデガのワイン造りに対するスタンスが現れているように思います。このボデガはティント・フィーノと呼んでいて、そのブドウを中心にいくつかの外来種も加えて、独自のワインのための畑を構成しています。


ボデガの内部。
ワイン畑を一望できるモダンなテイスティングルーム。



ボデガの入り口。


 清潔で整然としたボデガの内部の案内は、取り入れたブドウが運びこまれるところから、大きなタンクの並ぶひんやりしたゾーンへ、研究室やオフィスのあるゾーンから熟成させるカーブへときちんとお膳立てされていました。珍しいと思ったのは、従業員の休憩するサロンや食堂まで見せてくれたことでしょうか。Hさんによると、このボデガは従業員の待遇が良いことで知られ、やめて行く人が少ないと評判なのだそうです。レストラン出身のオーナーの知恵が、そういうところにも生かされているのでしょう。

 しかし何と言ってもびっくりしたのは、カタ(テイスティング)と一緒に出されるタパスでした。見学者のためにチーズやオリーブなどをちょこっと出してくれるボデガはありますが、ここではきちんと手をかけたレストランなみのタパスがワインに合わせて出てきます。レストランと直結していることのメリットが、最大限発揮されているのです。


木の香りも鮮やかなフレンチオークの新樽が並ぶ、ひんやりとした酒蔵。


 最初の試飲のタパスは、オルナソというサラマンカ名物のパイの一種で、中にゆで卵とチョリッソがはいったもの。そしてワインは、ホセ・マリアが、自分のレストラン用に作ったアウトール(作家)という、ホセ・マリアのレストランかボデガでの試飲でしか飲めないというワイン。まだ若くワイルドな印象のあるワインの、いかにもリベラ・デル・ドゥエロらしいフルーティな香りと、薄く繊細に仕上げたパイ生地の香ばしさがよく合います。

 そして2番目の試飲は、このワイナリーの中心的なワインと言っていいクリアンサ(一定期間オーク樽での熟成をかけたワイン) と、それに合わせたごく若い仔羊のコンフィ(低温のオリーブ油のなかでゆっくり加熱する調理)。これも文句なしの組み合わせで、コンフィに載せられた地物のキノコも、華やかに熟成しつつあるワインのしっかりした味わいを引き立てています。


ここでブドウ液がしぼられて、清潔なタンクへと移動。
ワイン作りのプロセスがしっかりと見学できる。


 そして最後は、いよいよレストラン「ホセ・マリア」名物のコチニージョ・アサード(乳飲み仔豚のロースト)と、「野ウサギ坂」と呼ばれる最上の畑からの収穫だけで作られる特別なワイン。見学コースの最後に位置する明るいテイスティングルームで、うやうやしくワインを抜栓してくれるところから、もう期待が膨らみます。そのワインのコルクには私の名前を書いて、今日の記念にプレゼントしてくれるという細やかなサービスまでついています。

 ぱりっとした皮としっとりした肉のコチニージョは、セゴビアのレストランで食べる時にも劣らない香りと質感。ワインもこのクラスになると完成度が高く、洗練された印象のなかにリベラ・デル・ドゥエロのアイデンティティともいうべき力強さが同居して見事なバランス。この見学費用は決して高くない、十分に支払う価値があると実感させてくれる試食と試飲でした。


最初の若いワインに合わせて、 サラマンカ名物のパイ、オルナッソ。



2 番目の熟成したワインには仔羊の コンフィ。


 もちろんテイスティングだけでなく、見学でも色々と収穫がありました。樽のセレクトからコルクのセレクトまで、きちんと科学的なプロセスで行われている。特に収穫率の良い苗のクローンを作って、実験栽培している。優れた働きをする発酵酵母を選別して、乾燥させることに成功している、乳酸菌は特にヒスタミンを抑える効果のあるものを培養している・・・。すべてを通して感じられたのは、このボデガがより優れたワインを作るために、様々な角度から投資しているということでした。

 「どんなにお日様がよく照って、黙っていてもブドウが熟するような恵まれた気候でも、そのままで高級ワインが出来る訳ではない。手間暇をかけ、最新の技術を駆使し、さらに研究を重ねなくては、これからの時代のワインは作れない・・・。」  そういうことを、スペインのワイン造りの世界の人たちがしっかり認識するようになった。だからこそ、こういう贅沢なボデガが出来、さらに素晴らしいワインが生まれつつある。スペインは先の見えない不景気かもしれないけれど、こういう底力があるのなら、まだまだ捨てたものではない・・・。そんなことを、ボデガに働く人たちの確信に満ちた笑顔が感じさせてくれた嬉しいひと時でした。


3 杯目の高級ワインは、コチニージョ (仔豚のロースト)とともに。



ボデガを訪れた人の名前とその日の
日付をコルクに書いてプレゼントしてくれるのも良い記念となる。



笑顔で迎えてくれるボデガの人々。


 ボデガ見学が終わって出てくると、Hさんが「さあ、昼食に行きましょう」と言います。そうだった、今日は見学のあとでランチに行く予定なのでした。ボデガでのワインとタパスにすっかり満足してはいるけれど、ここまで来て仔羊を食べずに帰るのはもったいない、と食いしん坊の私は思ってしまいます。ドゥエロ川流域は優れたワイン産地が連なっているだけでなく、最高の仔羊が育つ地域でもあるのです。そして私は常々、「日本でどうしても食べられないスペインの美味があるとしたら、それはコルデーロ、つまり仔羊のアサード(ロースト)だ」と断言している人間です。毒を食らわば皿まで! 車は、トラスピネードという聞いたこともない小さな村へと向かいます。ここに、Hさんおすすめの「串焼き仔羊」があるのです。

 気取らない構えのメソンにはいっていくと、地元の人たちが料理満載のテーブルを囲んでいてにぎやかです。普通、コルデーロ・アサードというのは仔羊を大きなブロックのままで焼きますが、ここでは小さく切って、まるで焼き鳥みたいに串に刺して焼きます。その串がたっぷり40センチ以上はある長さで、炭火の上で盛大に煙を上げています。この串1本が1人前らしいけれど、かなりの量です。

 まずはテーブルに、どんと出されたワインに感動。さすがワイン産地のまっただ中の村だけあって、店の構えからは想像できないような高級なワインがポンと出てくるのです。次いで出て来た羊のチーズは適度に熟成したいい匂いだし、土鍋でグツグツ煮たチョリソも食欲をそそる。パンも、このあたり独特のもっちりとした大好きなタイプ。そして、いよいよ巨大な鉄串がテーブルに運ばれてきて・・・。

 この記事を読んで、同じコースを回りたい、と思っている方にアドバイス。どうぞ十分にお腹を空かせて出発してください。そして、美味しくて勉強になるエノツーリスモの旅を、心ゆくまで満喫してください。

文・写真 渡辺万里


串にさした仔羊の肉を炭火で焼いてくれる。



ボリューム満点。ワインを片手にゆっくり時間をかけて楽しみたい。