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acueducto 16 特集「スペインのお菓子 DULCES ESPAÑOLES」

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スペインのクリスマス菓子


渡辺万里

クリスマスは2週間続く

 アナは、マドリードの老舗菓子店を営む一家の2代目で、お父さんが今も竈で菓子やパンを焼く「オルノ・サン・オノフレ」と、妹が取り仕切る「オルノ・ラ・サンティアゲサ」、新しく市場のなかにできた支店などの営業、企画を担当している。「クリスマス。セマナ・サンタ(復活祭)。トドス・ロス・サントス(万霊節)。スペインの季節の行事の基本はカトリックの祭日で、それぞれの祭日に決まりの菓子があります。季節の行事とそれに欠かせない料理や菓子。次の世代に伝えていくべき大切な文化ですね。」

 様々な行事のなかでも、クリスマス時期の菓子店の活気には格別のものがある。それというのもカトリックのクリスマスは日本で一般に想像するように12月25日だけではなく、12月24日のノーチェ・ブエナ(クリスマス・イブ)から1月6日のディア・デ・ロス・レジェス(公現節)までの長い期間にわたるということが、大きな理由だろう。

 クリスマス週間のあいだ、多くの家庭ではクリスマス菓子を盛り合わせた大皿が用意され、食後やおやつの時間に家族や訪れた客に供される。そこにはトゥロン、ポルボロン、マサパンなど比較的日持ちする菓子が色とりどりに盛り合わせられている。そして、クリスマスの最後の祝日である1月6日にはロスコン・デ・レイジェスが用意される。これらの菓子はスペインの人々にとってクリスマスを象徴する、なくてはならない存在なのだ。まず、クリスマス菓子というと一番に挙げられるトゥロンの歴史をひも解いてみたい。

 

アラブ人の作り始めたトゥロン

 アーモンドはローマ人、あるいはギリシャ人によってイベリア半島にもたらされた。なかでもいち早くアーモンドを生産するようになったのが、降雨量が少なく平均気温が極端に下がらないアリカンテの山岳地帯だった。

 アーモンドと砂糖と蜂蜜。3つの主要材料がそろったところで、この地にやってきて定住したアラブ民族が、トゥロンを作り始める。今もモロッコやチュニジアなど北アフリカで、当時とほとんど同じ製法の菓子が作られている。その後、地中海沿岸地方で発達した農業市の影響で、トゥロンはスペイン各地へと売られていくようになる。トゥロンが作られるのは、秋のアーモンドの収穫期のあと。そして、トゥロンが遠く首都のマドリードに到着する季節が、およそクリスマス時期だった。保存料のなかった時代、トゥロンも現在のように保存のきく菓子ではなく、あくまでアーモンドという主材料の収穫期に合わせて作られる季節の菓子だったことを考えると、この流れは理屈に合っている。こうして、クリスマスとトゥロンが結びつくことになる。

 トゥロンはアーモンドと蜂蜜、砂糖などを混ぜ合わせて固めた菓子で、粒状のアーモンドの入った固いタイプ「トゥロン・デ・アリカンテ」とヌガー状に練った柔らかいタイプ「トゥロン・デ・ヒホーナ」の2種類が基本だ。そこへ次第に新しいバージョンが加わり、今ではデパートのトゥロン売り場に並ぶ種類は20種から30種以上。ただし、有名な菓子店で手作りされるトゥロンは、今も伝統的な数種類のものに限られる。前述の2種に加えて、ココナッツを固めた「トゥロン・デ・ココ」。マサパン生地に砂糖漬けのフルーツを埋め込んだ「トゥロン・デ・フルータ」。卵黄を加えて練った「トゥロン・デ・ジェマ」などが、その主だった顔ぶれだ。

 

トゥロン・デ・アリカンテ
中に粒状のアーモンドが入った、固いタイプのトゥロン

 

 トゥロン・デ・ヒホーナ
ヌガー状に練った柔らかいタイプのトゥロン



渡辺 万里 / Mari Watanabe

大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。


<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com

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