「バレエ・リュス」とスペイン その4
下山静香 Shizuka Shimoyama

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 ディアギレフ率いるバレエ・リュスが、長く滞在したスペイン。その風土と人々、豊かな民俗舞踊に触れた日々の集大成と言えるのが、スペインを代表する芸術家パブロ・ピカソ、マヌエル・デ・ファリャとのコラボレーションで誕生した《三角帽子》である。初演はロンドンのアルハンブラ劇場で、第一次大戦の終結から約8か月を経た1919年7月22日に行われた。

 《三角帽子》の舞台は18世紀のアンダルシア、サン・フアン(聖ヨハネ)の祝日である。粉屋の女房に横恋慕した代官(市長)が、粉屋を不当に逮捕させ、その隙を狙って女房に強引に迫ろうとするが、うっかり川に落ちてずぶ濡れに。着替えのため粉屋の家に入ったところへ、留置所から逃げ出してきた粉屋が戻ってくる。寝室で濡れた代官の服を見つけた粉屋は、妻が不貞を働いたと勘違い、復讐のため代官の家へ向かう。そこに警吏たちがやってきて、粉屋の服を着た代官を見つけ、実は代官とは知らずに捕まえて散々に打ちすえる。最後には村人も集まってきて代官は笑い者にされる――という、風刺のきいた筋である。

 粉屋役はもちろんレオニード・マシーン、粉屋の女房には、このシーズンから団に復帰したカルサーヴィナがキャスティングされ、好色の代官を若手のウォイジコフスキーが踊った。メインとなる踊りは、粉屋の女房の踊り(ファンダンゴ)、村人たちの踊り(セギディーリャス)、粉屋の踊り(ファルーカ)、代官の踊り(メヌエット)、フィナーレの踊り(ホタ)である。メヌエット以外はすべてスペイン舞踊であるが、あくまでも「バレエ」でありながら、スペイン舞踊を巧みに取り入れているのが画期的で、ディアギレフのもとで華開いた振付家マシーンの才能が冴えている。もちろん、あの不運なジプシーの踊り手フェリックス・ガルシアも、陰の功労者であることを忘れてはならないだろう。

 冒頭ではティンパニの連打、続いて2本のトランペットによるファンファーレが響く。間髪入れず踵を鳴らす音、カスタネット、さらに「オレ!オレ!オレ!」と3回の掛け声。このイントロの効果で、観客は一瞬にしてスペインにいざなわれる。幕が上がると現れるピカソのアクト・カーテンには、闘牛を観戦する人々が描かれていて、スペイン気分はさらに盛り上がる。このアクト・カーテンは、《パラード》のために制作したものとまたスタイルが異なるが、同様に称賛された。白とグレー、少し沈んだ色調のピンクに深い青が配色された背景は、シンプルかつ美しいもの。衣装も斬新で、バレエを華やかに引き立てた。ピカソは、粉屋の衣装に半ズボンをデザインしたのだが、マシーンは、ファルーカの踊り手はタイトな長いズボンを履いているのだから、長ズボンにするべきと主張したそうである。両者はしばらく譲らなかったが、結局、前半で長ズボン、後半で半ズボンを着用することで落ち着いた。

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