ミゲル・デリーベスの本の紹介

 

昨年3月12日、EUのスペイン代表部は、“Europa llora la muerte de Miguel Delibes”の書き出しで、60年間スペイン文壇の第一線で活躍したミゲル・デリーベスの死を報じた。“巨星墜つ”の感があった。

ミゲル・デリーベスが、マンガが描けることで北カスティリャ新聞社に入った1940年は、市民戦争が終り、フランコの独裁が緒についた年である。市民戦争を中心に著名な文人たちが亡命し、或いは亡くなり、スペイン文学はゼロからの出発だった。1944年創設のナダル文学賞は文芸復興のブースターとなった。そんな中デリーベスは新聞人となったが、ミゲルの描くマンガよりも、時々書く新聞記事に文才を見た夫人のアンヘレスさんの勧めで書いた処女小説『糸杉の影は長い』(1947注1)がナダル賞を獲得する。家庭、子供、死、自然という4つのテーマを確立し、以後の諸作品に生かされることになった。第3作目の、多感な少年たちを描いた『エル・カミーノ(道)』(1950注2)によって文壇での地歩を固め、本格的な作家生活に入った。一方の雄カミロ・ホセ・セラのトレメンディスモとは対極をなし、真摯に、飾らず、声高には主張せず、伝統の写実主義に独自の技術を加え、続々と話題作を発表した。初期のころは短編小説も書いた。その中の1編『こういう夜に』(1954)が会田由氏によって訳され、筑摩書房の世界文学大系94、現代小説集(1965)に収められている。これが、本邦のデリーベス小説翻訳の嚆矢となった。

デリーベスは中・長編小説を20本書き、戯曲、随筆、日記、旅行記など、60冊以上の本を出しているが、上記の3作品の外に、老いと死をテーマにした『赤い紙』(1959注3)、検閲を巧みに批判した『ネズミ』(1962注4)、特異な文体で人間の孤独に迫る異色作『マリオとの五時間』(1966注5)、孤独な老いらくの恋の『好色六十路の恋文』(1983注6)、文学の道に導いてくれた夫人への献辞『灰地に赤の夫人像』(1991注7)、宗教改革時代の暗黒の異端裁判を描いた『異端者』(1998注8)が翻訳出版されている。デリーベスは狩猟を趣味とし、『猟人日記』(小説)以外にも、多くの狩猟の随筆を書いている。また、自然環境保護を訴えた警告の書もある。環境の大事さを社会に向かって説いた活動家でもあった。多くの作品の中の自然描写の美しさは、自然を愛して止まない氏の心情の表れであろう。

文・写真提供  喜多延鷹

なお岩根圀和氏は中・近世スペイン史、スペイン文学ご専門の神奈川大学教授。
括弧内の数字は原書の初版の発行年、写真説明の下の数字は、邦訳書発行年。

注6)好色六十路の恋文
西和書林 1989年。
喜多延鷹訳
注8)異端者
  彩流社 2002年。
岩根圀和訳

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