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acueducto 33 特集「エル・ブジのもたらしたもの」

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「エル・ブジ」から、世界へ


渡辺万里

「エル・ブジ」から、世界へ
Desde “El Bulli” al mundo

 2011年にエル・ブジの終焉を見届けた私は、「もうスペインの創作料理の世界では、見るべきものはすべて見てしまった」という諦めの心境に陥っていた。

 あまりにも偉大な天才出現のあとには、それを超えるほどの人材は簡単には現れない。様々な若い料理人たちの試みをみても、どれも模倣にしか見えない。そのうえスペインを見舞った大規模な経済危機は、新しい動きへのエネルギーを牽制してしまうように見受けられ、スペインのガストロノミーは、一躍躍り出た世界のトップという位置からもはや転落するしかないのかと危ぶまれる時期が続いた。

 しかしまもなく、思いがけないほど力強い流れが始まった。予想しなかったタイプの料理人やフェランでさえびっくりしそうな発想が現れる一方で伝統への回帰が呼びかけられ、様々なスタンスでの模索が混沌と入り混じるなか、21世紀のスペイン料理界は間違いなく前進し続けていることが明らかになってきた。

 そんな「エル・ブジ以後」を、小林さんがマドリード・フュージョンというはっきり形になって現れるステージから報告してくれた。

 そのなかで第4世代と呼ばれる料理人たちは、なんと「エル・ブジを知らない世代」なのだということに気づいて、愕然としたのは私だけだろうか。エル・ブジの全盛期のときにはまだ子供だった世代が、スペイン料理界のトップステージに立っている。

 しかしだからこそ、彼らの料理や彼らの考え方のなかに、なんの気負いもなく、フェランが築いた全く新しい料理の哲学と方法論が息づいているのを感じる時、「エル・ブジ」の成し遂げたことの大きさに私たちは改めて愕然とするのだ。

 同時に、フェランから直接影響を受けた世代の料理人たちは今、古い調理方法の見直し、伝統的な食材の新しい利用法などに挑んでいて、ここにはかつてスペインの料理界を飛躍的に前進させた1980年代の「新バスク料理」誕生の時の発想を彷彿とさせるものがある。「地に足のついた革新」とでも呼びたい彼らの活動は見事に若い次世代を支え、スペイン料理界がフェランのもとで予想以上に層の厚い実力を蓄えてきたことを証明してくれている。

 スペインの美食シーンは、今も目が離せない。ますます多様化しながら、見事に世界のガストロノミーシーンを牽引している。なにしろ、いまや世界中にフェラン・アドリアの後継者たちがいるのだ。そこにはもう、料理のジャンルさえ存在しない。そんな実感を、フェランが最近書いた文章で締めくくりたい。

「まだまだ進化できることは残っている。インターネットの用途の拡大、大学教育と食文化の接近、レストラン業界の発想の変革。料理人たち同士の交流、それ以外のジャンルの専門家との交流。すべてが21世紀の食を、もっと驚くべき広がりへと誘導していくことだろう」

 

Madrid Fusion 2018



渡辺 万里 / Mari Watanabe

大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。


<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com

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