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『評伝キャパ── その生涯と『崩れ落ちる兵士』の真実』


川成洋

評伝キャパ──その生涯と『崩れ落ちる兵士』の真実
吉岡栄二郎 著

明石書店
■2017年3月刊
■定価3,800円+税

 全く偶然の瞬間を撮った1枚の写真によって、架空の人物が実在の世界的な戦争報道カメラマンに生まれ変わったなどと言えば、これはまさに現代のシンデレラであろう。その人物とは、アメリカの著名な国際カメラマン、ロバート・キャパである。

 1936年、パリ。祖国でナチスの毒牙から逃れた写真家志望の22歳ユダヤ系ハンガリー人エンドレ・フリーマン(フランスに亡命してから、フランス人のように
「アンドレ」と改名)と2歳年上のユダヤ系ドイツ人のゲルダ・タロー(当時パリに留学していた若き日の岡本太郎から「タロー」という名を拝借していた)の2人は、赤貧洗うがごとき生活から脱出しようとしていた。アンドレが撮った写真をキャパなる人物が写したとして、タローの雑誌社や新聞社への売り込みも成功し、さらに毎日新聞パリ支社の城戸又一の下で現像のアルバイトもでき、何とか生活の目処が立っていた。

 やがて7月17日、スペイン全土で正規軍クーデターの勃発。叛乱軍に対する市井の国民の武力抵抗、そして内戦。ナチス・ドイツとイタリアが叛乱軍側の戦列で戦う。2人は躊躇わず内戦の取材に赴く。もちろん共和国陣営の取材である。9月3日、コルドバ戦線のセロ・デル・タコの丘でアンドレが撮った写真《崩れ落ちる兵士》によって、アンドレがロバート・キャパへと華麗な変身を遂げる。

 しかし、この《崩れ落ちる兵士》をめぐって、こうしたことはよくあるようだが、キャパの存命中から現在まで、どこで、誰が、どのようにして、この写真を撮ったのかという憶説が飛び交っていた。たとえば、同行したタロー撮影説、兵士の完全なるやらせ説など。

 このテーマを20年以上も研究してきた本書によると、まず今までの諸説を全面的に否定し、これは現在で言うところのモデルを使った「やらせ写真」であると断じている。曰く、タローが兵士に指示して走らせていた。キャパは斜面から片膝をついてカメラを構えていた。「キャパのすぐ後ろの距離から“ バァーン” という乾いた1発の銃声が聞こえてきた。キャパは銃声に背中を叩かれたように衝撃を受け思わずシャッタを押した。(中略)撃ったのは敵ではなかった。味方の兵士の誤った発砲だった」

 これではキャパもタローも終生沈黙せざるをえなかったろう。この説明の方が、私もようやく納得する。

 ところで、本書プロローグの最後のセンテンス――「私たちは、伝説となったひとりの男・ロバート・キャパに一度遭いたいと思う。喜びと哀しみの頂点を見てきた男から、人間というものの本当の話を向かい合って静かに聞きたい――、そんな気持ちからこの一書は生まれた」――を読んで、なぜか、この労作はもしかしたら遺書かもしれない、と私は思った。

 果せるかな、昨年7月中旬、著者の吉岡栄二郎さんは亡くなった。謹んでご冥福をお祈りしたい。



川成 洋 / Yo Kawanari

1942年札幌で生まれる。北海道大学文学部卒業。東京都立大学大学院修士課程修了。社会学博士(一橋大学)。法政大学名誉教授。スペイン現代史学会会長、武道家(合気道6段、杖道3段、居合道4段)。書評家。

主要著書:『青春のスペイン戦争』(中公新書)、『スペインー未完の現代史』(彩流社)、『スペインー歴史の旅』(人間社)、『ジャック白井と国際旅団ースペイン内戦を戦った日本人』(中公文庫)他。

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