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acueducto 18 特集「サルバドール・ダリ」

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ダリ巡礼の旅 ~スペイン・カタルーニャ紀行~


諸橋英二

「見よ!サルバドール・ダリの誕生だ!
風は凪ぎ、五月の空には一片の雲もない」
サルバドール・ダリ「わが秘められた生涯」1981 年

 

 ダリの110回目の誕生日となる今年の5月11日、私はダリの生まれ故郷スペインのフィゲラスにいました。フィゲラスにはダリが設立したダリ劇場美術館があり、今回の訪問の目的はその美術館にあるダリ財団とのミーティングでしたが、併せてダリの故郷カタルーニャ地方を取材してきました。ダリ作品の背景の多くはカタルーニャの風景が描かれ、ダリの芸術を生み出したのもカタルーニャの独特の地方文化といわれます。今回、訪れたのはダリの生まれ育ったフィゲラス、アトリエと住居のあるポルト・リガト、晩年に愛妻ガラへ贈ったプボル城があるジローナの3 か所です。それでは ‘ダリ巡礼の旅’ に出かけましょう。

ダリが愛し描いたカダケスから望む風景

 

 今回の旅の拠点にしたのはフィゲラス。フィゲラスはスペイン第2 の都市バルセロナから北東に電車で2 時間(今回は特急のAVEで約40分で到着)ほどにある小さな街です。まず出向いたのはダリ劇場美術館に隣接するサン・ペレ教会。この教会はダリが子供の頃初めて洗礼を受けた思い出の場所です。館内は、尖頭アーチのゴシック建築による独特の重厚感があり、外界の眩しい日差しと喧騒とは対照的に闇の中で静かな時間が流れています。荘厳と静寂が織りなす空間で少年ダリはいったい何を思ったのだろうか、そんな思いにふけりながら教会を後にしました。

 次に訪れたのはダリのアトリエ兼住居のあるポルト・リガト。フィゲラスから東へ路線バスで1時間ほどのカダケスに向かい、さらにバス停から海沿いと小高い丘を歩いて30分ほどでダリのアトリエが見えてきます。そこから見える眺望は、永遠に伸びる水平線、この地域独特の石垣、オリーブ畑、強い太陽光線が生み出す鋭い影。この美しいポルト・リガトの風景に魅せられたダリは26歳から晩年にわたり7軒の漁師の家を買い上げ、自分好みに改装しながらこの家に住み、作品を描き続けたのです。屋根の頂きには卵のオブジェがあり別名‘卵の家’ とも呼ばれています。建物の中は、ダリとガラが収集したオブジェや骨董品などで装飾されて、とりわけダリの写真や記事が部屋中に張られた部屋は‘ショーマン’ と呼ばれた自己顕示欲の強いダリの性格が象徴されていて印象的でした。ポルト・リガトから更に北東へ約8キロ進むとクレウス岬という景勝地があります。断絶壁の崖には風化によって奇妙な形をした岩が連なり不思議な空間が広がります。奇岩は見る角度により動物や怪物のようにも見え、実に様々な表情を見せます。ダリが何度となくこの地を訪れインスピレーションを得たことを、ここに来て納得したのでした。

 

カタゲスのダリのアトリエ兼住居、通称「卵の家」

 

 場所はフィゲラスに戻りダリの生家を訪れます。ビルの一角にある生家は、現在は商店街の空き店舗になっていて、特に目立った生家の表示もなく地元でもダリの生家と知る人は少ないそうです。その生家の前には大きな広場があり、毎週2回ほど市場が開かれ多くの店と客で賑わいます。「食べることは生きること。」野菜、果物に肉、豊富な食材とみなぎる活気を目のあたりにしたダリはカタルーニャの食文化に‘生と死’を垣間見たのかもしれません。

 生家から徒歩で20 分ほど行くとダリ少年の遊び場であったサン・フェラン要塞があります。1766年に建設されたヨーロッパ最大の要塞で、フィゲラスの誇りでもありました。ここからはアンプル平野からポルト・リガトの海岸までが一望でき、ダリが好んで描いた風景が広がります。また要塞の建物や城壁は複雑な形状で構成されていて、ダリ少年の創造の源泉となったと思われます。

 

フィゲラスにあるダリの生家

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