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堀越さん、画集できたよ!


大原哲夫

 堀越千秋が亡くなって2年4ヶ月になる。「俺の画集を頼むよ」とあんな顔で言われたら、何があっても画集を作らないわけにはいかない。

 昨年8月、彼の画集をようやく刊行した。そういえば、この2年間、ほとんど休みというものをとっていなかった。それがたたったというわけではないが、昨年の12月、ボディーにアッパーカット10連発を喰らったような突然の腹痛、急性胆嚢炎という診断で、即手術。命に別状のあるわけではなかったが、1週間ほど入院した。退院する日の朝、夢をみた。

 そういえば、画集を作ってまだ彼に届けていなかった。

「おーい、堀越。できたよ」と、ずしりと重い画集を手渡そうとするのだが、堀越はすーっと消えて、なんだか頼りない。でも、顔だけは嬉しそうにしている。「おい、画集持ってきたよ」と、再び声をかけた。周りに知り合いもいて、なんだか楽しそう。そのままそこにいたくなって、退院の朝だというのに、別れが辛くて涙を流してしまった。どこからが夢で、どこからが夢から覚めていたのか、よくわからない。

 堀越千秋に一度でも会った人なら、誰もが彼のことを忘れないだろう。天真爛漫、やんちゃで、でかい声でガハハと笑う。とにかく魅力のある男だった。

 天は彼にいろんな才能を与えてしまった。誰も真似することのできない絵を描いた。文を書けばそこらの作家じゃ太刀打ちできない。彼の絵と同じ天衣無縫、縦横無尽、比喩、隠喩の達人。そしてフラメンコだ。堀越のカンテを聴くまで、フラメンコの歌があんなものとは知らなかった。

『武満徹全集』は堀越の絵を装幀に使ったが、その前に『バッハ全集』というのを作っていて、サントリーホールの下にあるレストランでの打ち上げに、挿絵を描いた堀越も招待した。指揮者の鈴木雅明さんはチェンバロをわざわざ運び込み、ソプラノの丹野弓子さんはバッハのアリアを歌った。堀越は俺にも1曲歌わせろと言って、レストランの窓ガラスがビリビリするほどの大音響で唸った。主役を全部喰ってしまう名脇役、左卜全が登場する映画のように、あれはなんだ、あれは誰だと、すっかりその日の話題をさらい、せっかくのバッハの打ち上げがおジャンになってしまった。

 そればかりではない。『武満徹全集』の打ち上げのパーティーは一橋の如水会館であり、武満さんの友人の偉い先生がいっぱい来ていた。司会の私が、今日は歌うんじゃないよと言ったにもかかわらず、堀越がまたカンテを唸ってしまった。このパーティーにはサキソフォンのナベサダさんも来ており、「すごい、カンテだね」と言ったとか、言わないとか。

 本場のフラメンコを日本に定着させたのは、雑誌『パセオフラメンコ』に20年もわたりずっと連載していた堀越の力が大きい。堀越千秋を育てたのは、「千秋命」のあの猛母、とよさんとスペインの空気と大地だろう。そんなことが『堀越千秋画集』にみんな載っている。

 堀越が持てる力を注いだ、小島章司さんのヘレスでのフラメンコの舞台美術、大傑作の緞帳なども初めて紹介した。これはただの画集ではない。最高の美術用紙を使い、総収録作品595点、オールカラー576ページ。『堀越千秋画集』は、10歳から亡くなる67歳まで、私の知る限りの堀越を詰め込んだ。ぜひ見て欲しい。そこに堀越千秋が生きている。

©Tetsuo O’hara

堀越千秋 略歴 / Chiaki Horikoshi (1947-2016)
1948年 東京本郷に生まれる
1975年 東京芸術大学大学院油画専攻修了
1976年  スペイン政府給費留学生として渡西。以来、マドリード在住。世界各地で数多くの個展を開く
2003年  装丁画を担当した『武満徹全集』が経済通産大臣賞を受賞
2007年  ANAの機内誌『翼の王国』の表紙絵を亡くなるまで描く
2014年  スペイン国王よりエンコミエンダ章(文化功労賞)受章。『週刊朝日』に「美を見て死ね」、フラメンコ雑誌『パセオフラメンコ』の連載ほか、著作も多い。カンテの唄い手としても著名
2016年  マドリードで亡くなる(67歳)
2018年  初めての画集『堀越千秋画集』刊行

大原哲夫 / Tetsuo O’hara
1947年生まれ。エディター。『モーツァルト全集』『バッハ全集』『武満徹全集』などを企画、編集。2008年に大原哲夫編集室を開設。手がけた美術書・音楽書は100冊を超える。執筆活動の一方で造形作品・絵画を発表。著書に『武満徹を語る15の証言』(小学館)、『チェリスト、青木十良』『モーツァルト伝説の録音』(全3巻,飛鳥新社)、『堀越千秋画集』(大原哲夫編集室)など。

『堀越千秋画集 ——千秋千万——』

大原哲夫編
■定価 18,000円+税
■A4変型、総576ページ、オールカラー
■ 発行 / 大原哲夫編集室

画集の購入方法
大原哲夫編集室のWEB(下のQRコード)、Mail、FAXのほか、一般書店、Amazonなどのネットショップからもお求めいただけます。

大原哲夫編集室
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WEB : oharatetsuo.jimdo.com
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