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FCバルセロナと「トータル・フットボール」―クライフからグアルディオラへ―


安田圭史

 世界のサッカーのクラブチームにおいて「三冠」(スペイン語ではtriplete)と呼ばれる最大の功績がある。これは、ヨーロッパのサッカー界では、各国リーグ、各国リーグのチャンピオンチームが中心となって競うヨーロッパチャンピオンズリーグ(以下チャンピオンズリーグ)、そして各国のカップ戦(スペインでは国王杯にあたる)に1シーズンで全て優勝することを意味している。スペインのサッカー1部リーグ、リーガ・エスパニョーラ(以下リーガ)で、唯一「三冠」を成し遂げたチームがFCバルセロナ(以下バルサ)である。バルサはこの偉業を2008~2009年、2014~2015年シーズンの2度達成し、ヨーロッパの中で「三冠」の栄誉に二度輝いた唯一のチームとなった。この快挙の中心となったのは、現在世界最高のサッカー選手と呼ばれるアルゼンチン人フォワード、リオネル・メッシ(1987年~)である。メッシの他にも、ウルグアイ人フォワード、ルイス・スアレス(1987年~)、スペイン人ミッドフィルダー、アンドレス・イニエスタ(1984年~)などサッカー強豪国の代表選手を多数擁するバルサは、これまでの世界のサッカーにおいて最強チームのひとつといえるであろう。

 バルサは1899年に創設された。これは永遠のライバルとされるレアル・マドリード(以下レアル)の結成からは3年早く、バルサは1929年から始まったリーガの中でも最も歴史あるチームのひとつである。バルサのこれまでのリーガ優勝回数は24回で、レアルの32回に及ばないが、国王杯では28回優勝しており、レアルを9回上回っている。まさにバルサとレアルの実力が拮抗していることの証左といえるであろう(ちなみにレアルは現在チャンピオンズリーグを二連覇中で、この大会を史上初めて連覇する快挙を成し遂げた)。

 一見メッシなどのスター選手が目立つバルサであるが、その最大の特徴は、緻密に構築された攻撃的戦術にある。バルサにこの戦術を持ち込んだのは、1970年代にアヤックス(オランダ)やバルサで活躍したオランダの英雄で、1991~1992年シーズンには監督としてバルサをチャンピオンズリーグの前身であるチャンピオンズカップの初優勝に導いたヨハン・クライフ(1947~2016年)である。クライフは、自身の師であったオランダの名将、リヌス・ミケルス(1928~2005年)が考案、実践した「トータル・フットボール」をバルサで昇華させた。「トータル・フットボール」はフィールド上の11人の選手がそれぞれのポジションに縛られず、とりわけショートパスを使って流動的にサッカーを展開するスタイルである。この方法においては、例えば、フォワードは攻撃のみならず、守備にも積極的に参加して相手の選手に激しくプレッシャーをかける。クライフは、このスタイルによって、バルサのボール支配率を飛躍的に高めることに成功した。

 クライフ監督をコーチとして支え、後にバルサの監督も務めたカルロス・レシャック(1947年~)は、バルサのプレースタイルについて、「われわれのやり方で、ボールを70%支配できれば、試合の80%には勝つことができる」と述べている。バルサのボール支配率が70%であれば、相手チームは残りの30%しかボールを保持できていないことになる。このことは必然的に、バルサの攻撃時間が長くなる一方で、相手チームの攻撃時間は極端に短くなることを意味している。バルサにとっては、自分たちが攻め続け、相手に攻めさせなければ、得点、そして勝利の可能性が高まるというわけである。クライフは、「トータル・フットボール」の概念をチームに浸透させ、チャンピオンズリーグのタイトルに加えて、1990年から1994年までリーガ四連覇を果たした。クライフが率いたバルサは「ドリーム・チーム」と呼ばれ、バルサの90年代の黄金期を象徴する名称となっている。

 バルサの黄金期は2000年代後半に再び到来した。この時代の監督は、「ドリーム・チーム」を選手として牽引したクライフの「愛弟子」、ジョゼップ・グアルディオラ(1971年~)である。グアルディオラのバルサは、2008~2009年シーズンにスペインで初めて「三冠」を達成した。グアルディオラは、クライフ監督時代にはチームの「司令塔」として重用され、特にパスセンスに優れた選手であった。この点に加え、それほど背が高くなく、華奢な点は、現役時代のクライフに共通していた(クライフは自伝の中で、自身がバルサの監督でなければ、グアルディオラは2部リーグのチームに売却されていたかもしれないと述懐している)。グアルディオラは、クライフの「トータル・フットボール」をさらに進化させ、ショートパスとパスワークの精度を極限まで上げることを追求した。

 メッシやイニエスタといった高いパスセンスを持つ選手はまさにチームの中心といえるが、見逃せないのが当時の正ゴールキーパー、ビクトル・バルデス(1982年~)の存在である。バルデスは、ショートパスを巧みに使い、通常ゴールキーパーが多用するロングパスをあまりしない。ゴールキーパーがゴール付近からロングパスする瞬間をよく目にするが、同時にそれは距離がショートパスと比較して長い分、より敵チームにボールをカットされやすくなるという危険も孕んでいる。ゴールキーパーからショートパスでボールを回していくことが可能であれば、よりチームのボール支配率が高くなり、結果的に攻撃の時間を増やすことができるというわけである。こうした攻撃的戦術で、グアルディオラのバルサは、2008年から2011年にかけてリーガ三連覇を達成し、2010~2011年シーズンにもチャンピオンズリーグを制覇した。まさに「ドリーム・チーム」の再来といえる活躍ぶりであった。

 バルサは2014~2015年シーズンにも「三冠」を成し遂げた。このときの監督は、ルイス・エンリケ(1970年~)である。ルイス・エンリケは選手としてレアルに在籍していた1996年、バルサ監督のクライフに直々に勧められてバルサとの契約を決断したほどクライフに心酔していた。そして今季2017~2018年シーズンには、同じく現役時代にバルサでクライフ監督の薫陶を受けたエルネスト・バルベルデ(1964年~)が就任した。クライフは2016年に68歳の若さで逝去したが、クライフの影響を受けた監督が続々とバルサを率いている事実は、クライフの存在と彼が遺した戦術がバルサにとって特別なものであり続けているからに他ならない。グアルディオラはクライフの死に触れて、「私はサッカーについて何も知らなかった―クライフと出会うまでは―」と表現し、その存在の大きさと功績を称えた。クライフからグアルディオラ、そして現在のバルベルデへと代々引き継がれるバルサの「トータル・フットボール」は、今後も多くの人々を熱狂させるに違いない。

ilustración / Jesús Ángel Martín Sánchez



安田 圭史 / Keishi Yasuda

1977年生まれ。龍谷大学経済学部准教授。専攻はスペイン現代史。著書に La diplomacia de la Segunda República española ante Japón―En torno al Incidente de Manchuria (1931-1933): un análisis de los informes de los ministros de España en Tokio―(Editrial Académica Española, 2014)、共著に『スペイン文化事典』(丸善出版、2011年)、『マドリードとカスティーリャを知るための60章』(明石書店、2014年)、『スペイン文化読本』(丸善出版、2016年)など。

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