2018年07月
スペインの各分野で活躍する日本人にインタビューするシリーズ第三弾。
今回は、マドリード王立劇場のオーケストラの一員として、日々バイオリンを演奏する村岡紹子さんに話を伺った。
村岡紹子|Shoko Muraoka
Orquesta Sinfónica de Madrid
バイオリン奏者
インタビュアー:中村美和 / Miwa Nakamura
TodoMadrid でインタビュー動画を配信中!
紹子さんがマドリードに初めてやってきたのは20年前だった。留学先のベルリンからマドリード・シンフォニー・オーケストラのオーディションに合格し、すぐに採用が決まったものの、スペイン語については“グラシアス”も知らなかったという状況だった。
「幸いにして音楽用語はフォルテ、ピアノ、クレッシェンドなどイタリア語も多いし、音楽家としては問題なかったけれど、一番困ったのは休憩時間とアフターワーク。ただ、うちのオーケストラは、現在106名で30カ国の異なる国籍からの出身者がメンバーで、ドイツ人もいたし、ドイツで勉強された方も多くいたので、最初はドイツ語でコミュニケーションがとれた。でもそのうちドイツ語ではだんだん話してくれなくなって、『スペイン語だけ』と」
最初の3年はとにかく練習する曲が多く、楽譜に埋もれるような毎日だった。そんな中で、「楽譜の中でわからないことがあったら、やっぱり自分から聞く」、そのためにもスペイン語がとても重要だった、と当時を振り返る。
「わからないから喋らないじゃなくて、わからないからこそ喋ったほうがいい。そうしたら、必ず助けくれる人がいて、『紹子は一体何を言ってるんだ?』って言いながらも、『何がしたいんだ』、『何が言いたい んだ』と歩み寄ってくれる」自信がないときこそ、とにかく飛び込んで、受け身にならずに気持ちを伝える努力をする大切さを実感したそうだ。
「自分が閉ざしてしまうと、向こうも閉ざす。こっちはやっぱりコミュニケーションを大切にしているし、ひとつの団体がひとつの物を作り上げるには、特にコミュニケーションが大切」
同じ曲を演奏しても、同じ演奏になることは二度とない。
その瞬間瞬間で、出来うる限りの最高の舞台を作り上げるためには、妥協せずに話し合っていくことが重要なのだという。
「違う人種で、違うメンタリティで、いろんな人がいるんだけど、一緒に演奏するとわっとひとつになる。とっても不思議な力が出る。やめられませんね」
そんな彼女の活躍の場は、スペイン・日本に留まらず、昨年は、オーケストラから派遣されたエルサルバドルで、現地の子供たちに音楽を教えるプロジェクトに参加した。エルサルバドルには、対立するふたつのテロ組織があり、日々抗争が続いているそうだが、そこの子供たちのための学校をスペイン人の神父が創立し、数学などの一般教科だけでなく、鉄工や大工など生きていくための職業訓練から、音楽や美術などの文化教養まで多岐にわたる教育が行われている。将来、もしかしたら殺し合う立場に分かれてしまうとしても、唯一、そこでだけは大人たちの対立や暴力から隔絶され、朝6時半から夜8時まで、両陣営の子供たちが一緒に勉強しているのだ。
そこに、紹子さんたちプロの音楽家たちが派遣され、2週間の集中レッスンとコンサートを行った。
「子供たちと一緒になって、音楽を作っていく。そして、たくさんの拍手をもらって、感動して、それが子供たちの未来につながっていけばと思う」
このプロジェクトは2018年の秋にも第2回目の派遣を計画しており、紹子さんも子供たちとの再会を楽しみにしている。
「可哀想な子供たちにバイオリンを教えます、じゃない。『勉強したい』という気持ちは、私が子供の頃とまったく同じで、ただ環境が違うだけ。だから対等に扱う。そうすると、子供たちも食いついてくる。可哀想な国で子供たちを教えて偉いですね、と言う人もいるけど、それは違う。彼らの心と頭の良さは凄い。だからこそ、難しい環境にあるなら、私たちが行くことに意味がある」
音楽の力を信じる音楽家たちが、遠いエルサルバドルでも、音楽を通じて子供たちが自分たちの人生を切り開いていってくれることを願って、今年もアメリカ大陸へ旅をする。
エルサルバドルの小さな音楽家たちと一緒に
世界三大テノール、プラシド・ドミンゴ、指揮者のジェームス・コンロン、オーケストラの同僚たち
中村 美和 / Miwa Nakamura
情報工学修士、日本での電機メーカー勤務を経て、2007年に渡西。マドリードにていくつかの企業のウェブシステム開発等に携わった後、CROSSMEDIA WORKS,S.L.を起業。
主に観光や食に関わるプロモーションや、雑誌、ガイドブック、テレビなどの取材コーディネイトの他、マドリード情報を発信するtodomadrid.infoなどを運営。
twitter : @n_miwa @spain_go