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acueducto 14 特集「日本スペイン交流400周年」

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日本・スペイン音楽面の交流


下山静香

 

日本とスペインの関係は、1549年、ザビエルの鹿児島上陸に始まるとされる。この折、キリスト教とともに日本に持ち込まれたものに、西洋音楽がある。キリスト教の布教に、音楽は不可欠なのだ。そしてザビエル来日から約30年後、有馬のセミナリヨでは音楽教育のカリキュラムが組まれ、西洋楽器の演奏や歌唱のレッスンも行われていた。そこで学んだ少年たちが、「天正遣欧少年使節」としてポルトガル、スペイン、イタリアを歴訪し、歓待されたことは周知のとおりである。

 彼らが、エヴォラの大司教教会や、スペインでの皇太子宣誓式などで、当代スペイン人作曲家の手になる宗教音楽を耳にした可能性は高いと考えられている(エヴォラのあるポルトガルは、当時スペインに併合)。やがて帰国した少年たちは豊臣秀吉に謁見、西洋楽器を演奏して大層気に入られたという。しかしその後、秀吉はバテレン追放令(1587年)、禁教令(1596年)とキリスト教徒に対する態度を硬化させていき、本格的な弾圧が始まる。キリスト教にまつわるものは焼却や破壊の憂き目に遭い、種が蒔かれたかにみえた西洋音楽も、この地から跡形もなく消えてしまったのだった。

 時は流れて300年余。長い鎖国から目覚めた日本にとって、スペインはすでに遠い国となっていた。諸制度を整えるにあたり、先進国であるドイツやイギリスに規範を求めた日本は、西洋音楽の教育もドイツに倣うこととなった。それでも、来日歌劇団が上演するビゼーの歌劇《カルメン》により、情熱的で躍動感あふれるスペイン風音楽が人々の耳に入り、1920年代になると、サラサーテやファリャの器楽曲が、機会は少ないながらも東京音楽学校の演奏会などで紹介されるようになっていた。

 しかし、スペイン音楽を広く知らしめた最初の音楽家と言えば、やはりアンドレス・セゴビア(1893-1987)ということになろう。すでにレコードによって知られていた「ギターの神様」が初来日を果たしたのは、1929年のこと。東京だけでも5回の演奏会が行われ、ソル、タレガ、トローバ、マラッツ、アルベニス、グラナドス、トゥリーナなど、スペインを代表する作曲家の作品が多数演奏された。深く美しい「セゴビア・トーン」で奏されるスペインの音楽は、人々に鮮烈な印象を与えたことだろう。昭和の歌謡界屈指のヒットメーカー古賀政男も、このときの公演に衝撃を受けた1人だった。

 実は同じ年、「カスタネットの女王」「フラメンコ界のパヴロワ」と賞されたラ・アルヘンティーナ(1890-1936)も初来日している。この不世出の踊り手は、アルベニス、グラナドス、ファリャといったスペイン近代民族楽派を代表する作曲家たちの楽曲で、素晴らしいスペイン舞踊を披露したのだった。

 60年代からは、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(1923-2005)、テレサ・ベルガンサ(1936-)、ドミンゴ(1941-)、カレーラス(1946-)などの名歌手たちがくり返し来日、サルスエラのアリアやスペイン民謡をプログラムに盛り込んで、私たちを沸かせてくれている。

 日本との関わりということでは、チェロの巨匠ガスパール・カサド(1897-1966)にも触れておきたい。カザルスの高弟としても知られるカサドの伴侶は、ショパン国際ピアノコンクールに初参加した日本人ピアニスト、原智恵子である。夫妻は「デュオ・カサド」として国際的に活躍、1962年の日本公演は「愛の二重奏」と賞された。2001年に世を去った原の遺志を継いだ八王子の有志たちによって、現在「ガスパール・カサド国際チェロコンクールin八王子」が開催されており、とかくカザルスの影に隠れがちなカサドの名前とその音楽が、市民の手で世界に発信されている。

 その他、イエペス、ラローチャ、ロドリーゴなど、スペイン音楽の真髄を直接伝えてくれた音楽家は枚挙にいとまがないが、それはまた別の機会に譲ろう。

 ところで、かの地において、日本の音楽文化はどう受け止められているのだろうか。残念ながら、伝統的な邦楽が演奏される機会は非常に限られているが、日本のポップスやロックは、スペインの若者にも知られている。下地として、幼少時の彼らが日本のアニメに親しんでいたということもあるのかもしれない。90年代からコアなファンを獲得しているのは、X JAPANを代表格とするビジュアル系ロックバンド。10年近く前、あるサラゴサ在住スペイン人男性にお気に入りのミュージシャンを尋ねたら「椎名林檎」と返ってきたし、ここ数年注目されているのは、何といってもきゃりーぱみゅぱみゅだ。もちろん、これらはスペインだけに限った現象ではないが、彼らの音楽パフォーマンスに現れる独特の感性が、スペインでも若者を惹きつけていることは事実である。

 最後になるが、スペイン音楽の紹介・啓蒙に情熱を捧げてきた日本人研究者、演奏家は決して少なくない。紙面の都合上、名前を挙げることは叶わないが、長らく「傍流」の位置に甘んじていたスペイン音楽がここへ来て光を浴び始めているのは、彼らの功績あってこそである。時満ちてと言うべきか、2007年に開館したセルバンテス文化センター東京が、興味深い音楽イベントを継続的に提供しており、本場の音楽シーンを気軽に楽しめるようにもなっている。

 日本人と相性が良い、と言われるスペイン音楽。今後も、音楽面での日西交流が活発に行われることを大いに期待したい。



下山 静香 / Shizuka Shimoyama

桐朋学園大学卒。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員として渡西、マドリード、バルセロナほかで研鑽。NHK-BS、Eテレ、フランス国営ラジオなどに出演。海外アーティストとの共演多数。CD《ゴィエスカス》《ショパニアーナ》など10枚、共著は10冊以上を数える。翻訳書『サンティアゴ巡礼の歴史』。2015年より「下山静香とめぐるスペイン 音楽と美術の旅」ツアーシリーズを実施。桐朋学園大学、東京大学 非常勤講師。日本スペインピアノ音楽学会理事。

www.facebook.com/shizukapianista17
裸足のピアニスト・下山静香のブログ ameblo.jp/shizukamusica

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