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acueducto 23 特集「『ドン・キホーテ』後篇出版400年に寄せて」

PARTE 1『ドン・キホーテ』後篇出版400年に寄せて
蔵本邦夫

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画像 / 出典:Wikipedia

 

『ドン・キホーテ』は、ミゲール・デ・セルバンテス・サーベドラ(Miguel de Cervantes Saavedra 1547-1616) が、1605年、1615年に前後篇として発表した、近代小説の祖と称される作品である。今年は後篇出版400年となる。内容は、主人公であるドン・キホーテと従者サンチョ・パンサが、無辜(?) の人々 (人間以外の場合もあるが) を巻き込んでの荒唐無稽な冒険譚、行状記である。一般に前篇より後篇のほうが評価が高い。前篇は滑稽さが強調され、物語が主人公とは関わりのない物語へと逸脱し、後篇と比べ主人公や従者の人物像や性格に焦点が絞り込めていない。10年後に書かれた後篇では、物語の展開が前篇での主従の行状をすでに活字化された書物で読んでいる人々の間で繰り広げられて行くが、内容には一貫性を持たせている。そしてなにより後篇の優れた点は、円熟したセルバンテスの文体・筆致が、主従の人物像、性格そして心理状態を、読者に如実に描いて見せてくれた点にある。これこそが後篇の評価が高い理由であり何よりも読者を惹きつけてやまない理由である。

 ロシアの作家ドストエフスキーは「これは偉大な書であって、今どき書かれているようなものではない。かような書物は、数百年にようやく一冊ずつ人類に贈られるのである。かような人心の奥秘の剔抉(てっけつ)は、この書物の1 ページごとに見出される」(『作家の日記』)と書いた。しかし夏目漱石はイギリスの作家ローレンス・スターンとセルバンテスを「世界の二大諧謔家」とし、『ドン・キホーテ』を「太平を謳歌する様な国運の際、もしくは神経が麻痺して悲哀疹痛を感ぜざる様になった人間が、現在の状態に溺れ喜んで、浮世を面白く暮して行くと云う様な不祥な時代に生れる文学である。(中略) 真昼間提灯(ちょうちん)を点(つ)けて往来を歩ある行くのは、世の中の暗黒な所を諷した皮肉な仕業と取れば、取れない事もあるまいが、一方から云えば、鬘(かつら)をつけて花見をするのと同一の気楽さから出ないとも限らない。花見の趣向杯(など)は現在に満足を表する程度の尤(もっと)も甚しいもので、不平や諷刺の表現でない事は明かである。現に『ドンキホテ(ママ)』杯でも、多数の評家は諷刺と見ている様だが、私には花見の鬘同様な感がある」(『文学評論』) と評した。真意のほどは別として、字句通りに解釈すればこの小説は最たる滑稽文学となる。では過去400年間『ドン・キホーテ』はどう読まれてきたのか。

 

 画像 / 出典:Wikipedia

 

 17世紀、この小説は出版されるやたちまち各国語に翻訳され、読者はこぞってこの本を読んだ。その理由がまさに滑稽さゆえであった。17世紀は『ドン・キホーテ』を「哄笑」で迎えたのである。しかし17世紀の実在の人物や出来事なども交えた同時代の人々にとって理解できた「笑い」も、世紀が変わり18世紀になると注釈を必要とする。だからこの小説は「微笑」で迎えられ人口に膾炙(かいしゃ)することも次第になくなる。しかし『ドン・キホーテ』の影響下、イギリスでは小説の歴史が始まった。英文学者漱石の専攻は、皮肉にもその影響を受けた18世紀英文学である。19世紀、『ドン・キホーテ』に転機が訪れる。それはドイツ・ロマン主義の時代、作家の誰もがこの小説を再評価したからである。ロマン派の詩人ハインリヒ・ハイネは「高貴なる騎士がその義侠の振舞いのことごとに恩を仇で返されて打擲(ちょうちゃく)の憂き目にばかり逢うのを見ては、ほうり落ちる涙をそそぐに任せ」(「『ドン・キホーテの序」)、「日本近代詩の父」萩原朔太郎は「ドン・キホーテは実に悲しい。そして『悲しい』といふ言葉の中に、あらゆる『美しさ』を含めて居る悲しさである。(中略)ドンキホーテ(ママ)の愚かさを笑うものは、人間の最も厳粛な魂が宿命している、悲劇の意義について知らない所の俗物である」(『ドン・キホーテを見て』)と書いた。19 世紀、「愁い顔の騎士」は「悲哀」を持って迎えられたことになる。20 世紀は、その目覚ましい科学技術の発展に伴い覇権主義の下、世界は2度の大戦を経験する。ドイツの作家トーマス・マンはナチズムの危険性を訴え、ヒトラーを「反理想主義的なドン・キホーテ、陰険で厭世的で暴力を信ずるドン・キホーテ、残忍でいて、しかもなおまさにドン・キホーテだといわれるような人間」(「『ドン・キホーテ』とともに海を渡る」)、と揶揄しヒトラーの迫害を逃れアメリカへと亡命する。彼がその航海で持参したものは『ドン・キホーテ』であった。「自分でも不思議だが、これまで一度も、その全部をまとめて読み終えたことがなかった」(同)、と彼は告白する。そして初めて読んだ頃を懐かしみながら、また自分をドン・キホーテに重ね合わせながら洋上で読み終えた。20世紀、「郷愁」をもって迎えられた。ドン・キホーテは夢を見る。それも決まって魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する悪夢を見る。そして夢破れるとさらに新た夢を見る。21世紀、コンピューターの急速な進歩によって、私たちはドン・キホーテが夢見た世界をたやすく現実のものとして再現し、彼が夢想した世界を、共有し追体験できる世界へと変えた。21世紀は、ドン・キホテとの「共生」を可能にすることができる。しかし21 世紀が『ドン・キホーテ』をどのように迎え入れたかは次の世紀の判断を待つしかない。しかし人々がドン・キホーテに共感を覚え、ドン・キホーテの哀しみと優しさを共に分かち合える間は、これからも『ドン・キホーテ』は読み継がれ、たびたび言及されることになる。

 来年はセルバンテス没後400年を迎えることになるが、2015年2月スペインの新聞(El País 紙) は、今まで不明であったセルバンテスの遺骨に関して、マドリッドの教会でセルバンテスの遺骨の一部の照合を終え、ほぼ確信を得たと報じた。セルバンテスとドン・キホーテはそろって400年を迎えることができる。なおセルバンテスが4月23日に亡くなったとする記述が未だに見られるが、正しくは4 月22 日である。当時の習慣として記録は埋葬日が記載されていた。最後にセルバンテスはこの400年間を予見したかのように、次のように書いている。「拙者は本に描かれ、すでに世界のほとんどすべての、あるいは大半の国々で印刷されて出まわるまでになりました。さよう、拙者の伝記がすでに3万部印刷され、天意がそれを妨げぬかぎり、これから1000部の3万倍も増ましず刷りされようとしておりまする。要するに、すべてをわずかな言葉に、いやむしろ、ただ一言にこめて申すなら、拙者こそドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ、またの名を《愁い顔の騎士》と申す者なのでござる。」(『ドン・キホーテ』後篇16章)

 本稿について / 引用文中の旧漢字を新漢字に改めた個所があるが、引用文ではドン・キホーテの表記名は努めて原文のままとした。



蔵本 邦夫 / Kunio Kuramoto

関西外国語大学教授。専攻はスペイン文学および日西比較文学研究。著書に『滅びと異郷の比較文化』(共著、思文閣出版)、『セルバンテスの世界』(編者、世界思想社)を始めとする日本におけるセルバンテスの受容史や、森鷗外、夏目漱石を始めとする日本作家におけるスペイン文学の影響などを研究した著書・論文多数。

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