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acueducto 3 特集「ガリシア」

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ガリシアの原風景ーロブレの森へ


赤阪友昭

ガリシアの巡礼路で出会った巨木。その姿は美しい。

 サンティアゴ巡礼路の終着点であるガリシア地方を歩いていると、よくユーカリの森に出会った。森に入ると爽やかな香りが漂い居心地が良い。それもそのはずで、ユーカリの葉から取れる精油には殺菌効果や鎮痛・鎮静作用があり、アロマテラピーなどにも使われているほどなのだ。しかし、残念ながらこうしたユーカリの森は、かつてこの道を歩いた巡礼者が見た風景ではない。

 その昔、ガリシアは「ロブレ(橅)」や「カスターニャ(栗)」など広葉樹の森に覆われていた。この地の先住者であった古代ケルトの司祭ドルイドは、彼らが神聖視するヤドリギを育むロブレを崇拝し、森は精霊の宿る場所と考えた。また、この地方ではジャガイモが入ってくるまで栗を主食とし、巡礼路に沿って点在する村々では、今もなお栗が栽培されておりいたるところに栗の巨木が立っている。道で大きな栗の木に出会うたび、日本の縄文遺跡に残されていた栗の巨木を思い出した。私にとってブナの森は時を遡ることのできる原風景であり、巡礼の旅で出会いたかったもののひとつだった。しかし、現在ガリシア地方の巡礼路に残された広葉樹の森はほんのわずかでほとんどがユーカリに取って代わられてしまっている。ことの始まりは十六世紀のこと。『無敵艦隊』を建造したときにガリシアの森のほとんどが伐採され山は荒れ果てたという。その結果、足りなくなった木材や燃料を獲得するために選ばれたのが成長の早いユーカリだった。乾燥地帯でも根を深く伸ばし地下水を引くユーカリは、たしかに早く成長するがその引き換えに土地の栄養分も瞬く間に消費してしまう。やがて大地は痩せ、樹に含まれる油成分のため山火事が頻発するようになった。最近になって、ようやく昔のようなブナの森を取り戻す運動が広がりつつある。山と海が相互に繋がりを持ち、森が海にとって大切な存在であることが理解されるようになると、漁業関係者を中心に豊かな森を作るために広葉樹の植林が始まったのだ。

 大西洋まで歩き続けた巡礼の旅を終え、帰るバスの中で一人のカメラマンに会った。ひと通り世間話をしたのち、ロブレの古い森を探しているのだが知らないかと尋ねると、ガリシアの南に昔の暮らしを続ける小さな村があって、そこはロブレの深い森の中にあるという。いまだ残されている古の森ーガリシアの原初の風景はまだ健在だった。それは、私にとってこの地を再び訪れる道を照らすひとつの光となった。

早朝の冷えた空気の中、森をゆく巡礼者たち

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