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acueducto 32 特集「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」

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ベラスケス 宮廷画家で宮廷人


西川和子

ベラスケス
宮廷画家で宮廷人

 

宮廷画家への道

 1621年、スペイン国王フェリペ4世が即位し、寵臣として絶大な力を振るい始めたのがセビーリャ出身のオリバーレス伯公爵でした。そんなとき宮廷画家の1人が死去し、その穴を埋めるため、同郷の若き画家ベラスケスがマドリードに呼ばれたのです。試しに描いた王の侍従の肖像画は宮廷で評判となり、ベラスケスは晴れて国王付き画家となりました。

 ちょうど、外交官としてスペイン宮廷を訪れていたフランドルの画家ルーベンスと知り合い、王室コレクションにある巨匠ティツィアーノの絵をともに見たといいます。さらにルーベンスからはイタリア行きを勧められ、神話画を描くことの重要性も教えられました。ベラスケスに新しい世界が開けてきたのです。

 

どんな絵を描いた?

 当初は国王フェリペ4世や王家の人物を描いていましたが、イタリア旅行を経て、《ウルカヌスの鍛冶場》など、神話画も描くようになっていきます。この絵は、鍛冶の神ウルカヌスのところにアポロ神がやってきて、「あんたの奥さんは浮気をしているよ、相手は戦いの神マルスだよ」と伝えたその瞬間を描いたものでした。

 帰国すると、イタリア滞在中に誕生した王太子バルタサル・カルロスの肖像画をはじめ、限りなく美しい宗教画《十字架上のキリスト》、神話画《マルス》や《ヴィーナス》、宮廷の道化師たちや歴史画など、精力的に描いていきました。

 と同時に、ベラスケスには、宮内警吏、王の衣装係、王室侍従代など、宮廷人としての地位が次々与えられ、王と接する機会も増えていったのです。

 

宮廷人として

 フェリペ4世の芸術好きはますます盛んとなり、マドリードのはずれにブエン・レティーロ宮殿を建設し、マドリード近郊にある狩りの休憩塔トーレ・デ・ラ・パラーダも拡張しました。それらの建物を装飾するため、新たに大量の絵が必要です。ベラスケスの大作の1つ《プレダの開城》はこの新たな宮殿を飾る戦勝画であり、王や王妃や王子たちの豪華な《騎馬像》も、王国の威厳と栄光を表すものとしてこの宮殿に置かれたのです。

 一方、《狩猟服姿》の王や王子は、神話画や動物画とともに、休憩塔を飾る絵でした。王の道楽はさらに続き、古い王宮の改修や、祖父フェリペ2世が長年かけて建設したエル・エスコリアル修道院にも手を付け始めたのです。

 あれもこれもとなってくると、王の好みを理解し、言わなくてもそれを形に表せる人物が必要でした。まさにそれがベラスケスだったのです。宮廷人としての地位も、いわゆる叩き上げのトップといえる王宮配室長を授かり、いつの間にか、王が心の内を吐露できる、数少ない臣下の1人となっていたのです。

 

《ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)》

 ベラスケスの最高傑作といえば《ラス・メニーナス》でしょう。これは「マルガリータ王女の日常の1コマを表した絵」とされています。その通りなのですが、ではどうして、普通の肖像画ではなく大勢が登場する「日常の1コマ」の絵が必要だったのでしょう。私はこれを、王位継承についてのフェリペ4世の心の内を描いた絵、と考えています。

 この絵が描かれた1656年頃、王太子バルタサル・カルロスは既にこの世を去り、王家の子は、前王妃の娘マリア・テレサと、現王妃の娘マルガリータだけでした。現王妃マリアナは、マルガリータの次にも女の子を生みますが育たず、次の子は死産でした。フェリペ4世もすでに50歳を過ぎ、「男子が欲しい、しかし、もう生まれないかもしれない」と、王位の行方について不安がよぎり、「であるなら、次期王位はマリアナの生んだマルガリータに」と密かに決めていたのです。

 そんな時に描かれたのがこの絵でした。「マルガリータを中心にした我が家族の絵を」という王からの命令だったのでしょう。当初《フェリペ4世の家族》と題されたこの絵は、中央にマルガリータ王女を描くことで王位継承についての王の意志を表し、王女は臣下たちに囲まれ女官たちに会釈され、それを王夫妻が鏡の中から見守っているのです。絵の中に描かれた大きな画布は、それを証明する役目だったのです。

 しかしその後、フェリペ・プロスペロやカルロス(2世)という、フェリペ4世に王位継承の男子たちが生まれ、この絵は《宮廷の女官たち》と名前を変え、王位継承とは何の関係もない絵として残されたのでした。

 

Diego Velázquez, Las meninas 1656. Óleo sobre lienzo, 318 x 276 cm.
ディエゴ・ベラスケス《ラス・メニーナス》1656年 マドリード、プラド美術館蔵
©Museo Nacional del Prado

本作品は2018年「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」には出品されません。



西川 和子 / Kazuko Nishikawa

早稲田大学理工学部卒。特許庁にて審査官、審判官、審判長を歴任。現在スペイン史著述家。著書に『スペイン宮廷画物語』『狂女王フアナ』『オペラ「ドン・カルロ」のスペイン史』『宮廷人ベラスケス物語』『スペイン謎解き散歩』『スペイン レコンキスタ時代の王たち』など。

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