2019年07月
『毎日つくるスペインごはん オリーブオイルと、卵と、じゃがいもと……』
渡辺 万里 著
■現代書館
■2018年5月刊
■定価1,800円+税
パエージャ、トルティージャ、アヒージョ……日本でスペイン料理がメジャーとなって久しい。レストランはもちろん、バルでも手軽にスペイン風のおいしさが楽しめるようになった。そして、実際に渡西して本場の料理を味わった者は、口を揃えて「この国の料理は最高だ」と言う。
おいしい、という事実は、裏を返せばそれだけ「手間がかかっていそう」「作り手のレベルが高い」「日本では買えない特別な食材がある」などの「敷居の高さ」を連想させる。だから、スペイン料理を「家庭の台所」にまで持ち込む日本人は、まだ少ない。「作ろう」ではなくて「食べに行こう」という人が大半ではないだろうか。
本著は、そうした余計な「敷居の高さ」を取り払って、古くからスペインの一般家庭で作られてきた等身大の料理を教えてくれる。「おふくろの味」のじゃがいものオムレツ、温かな豆の煮込み、すり鉢とミキサーで作るガスパッチョ……ページをめくって数々の料理の写真とレシピを見たら、まずはこう思うだろう。「あ、これなら気軽に作れる!」、と。
著者は、『acueducto』読者ならよく知るスペイン料理研究家・渡辺万里。本誌で現在連載中のタイトル「オリーブオイル1本あれば!」のコンセプトは、ここでも変わらない。オリーブオイルだけ用意すれば、後は身近な材料(じゃがいも、卵、お米……)で、スペインの「家庭の味」を生み出せるのだ。
「「スペインの家庭料理」は意外と知られていません。スペインの食の土台は家庭料理なのに。それぞれの地方の主婦たちが、母から娘へと伝えてきた郷土料理なのに……」。冒頭で著者はこう語る。だから、本著はレシピ本であると同時に、数々の郷土料理の歴史、その皿に込められたスペインの母たちの真心を紹介する読み物ともなっている。30数年スペインを渡り歩いた著者が出会った料理人や身近な人たちのアドバイスは、代々その家で受け継がれたきた味だからこその自信がある。そして読んでいるうちに、郷土料理とは限られた食材の中で、最大限に美味しさを引き出そうとした、先人たちの創意工夫の賜物だと気づかされるはずだ。
たとえば、パエージャよりも「日本人の考えるおいしいお米」の食感に近いとして紹介されている、バレンシアの土鍋料理「アロス・アル・オルノ(オーブンで焼く米料理)」。本著の表紙ともなっている、土鍋の中で湯気を立たせるお米やじゃがいもは、それがスペイン料理と知らずとも食欲を誘う。招かれた家でこんな一品が出てきたら嬉しくてびっくりしてしまうと思うが、実はこれも、もともとは「余りもの」を何とかおいしく変身させようとしてできあがったもの。冷蔵庫のあり合わせのものでも、家族のためにおいしく作るという母たちの工夫は、日本でもスペインでも変わらない。それが意味するのは、スペイン料理は「家庭の台所」に簡単に導入できるということ。日常の料理のレパートリーに、ぜひ本著に収録されている品々を足してみよう。材料は手頃でも、スペイン人たちが確証している味。それだけでもちょっと特別な気分になって、食卓が賑わうだろう。「スペインの食材や調理器具がなくてもいいの?」という心配はご無用。ないものは著者がしっかり代用品をあてがってレシピにしているので、すぐにでも挑戦できる。
また、定番となる家庭料理のほか、本著はクリスマスや復活祭で食べるお祝いの皿や、皆で集まった時に食べたいパーティー料理、デザートまで収録。コラムもあってスペインの美食の秘訣を惜しみなく紹介している。全36品のレシピ中、まずは自分が食べてみたいものからスタートして、どんどん料理してみよう。慣れてきた頃には、スペイン料理が以前よりもグッと身近になっているはずだ。