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『スペイン内戦(一九三六〜三九)と現在』


川成洋

『スペイン内戦(一九三六〜三九)と現在』
川成 洋・渡辺雅哉・久保 隆 編

ぱる出版
■2018年6月刊
■定価5,800円+税

 スペイン内戦は、82年前の事件である。内戦期あるいは内戦直後から1975年まで続いたフランコ独裁政権期に、フランコ側に拉致・惨殺された夥しい犠牲者の遺骨の発掘・収集などが未完のままである点を除けば、内戦自体はすでに風化していると言えよう。

 それにしても、内戦の中で闘われた争点は、われわれの記憶にいまだ鮮明である。とりわけ内戦をテーマにした文学作品にそれらを求めることができよう。
ちなみに、我が国で翻訳出版されている作品を挙げると、ヘミングウェイの『誰がために鐘が鳴る』(1940)、アンドレ・マルローの『希望』(1937)、ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』(1938)、アーサー・ケストラーの『スペインの遺書』(1937)、ジョン・ドス・パソスの『ある青年の冒険』(1939)、ジョルジュ・ベルナノスの『月下の大墓地』(1937)、それに『星の王子さま』を書いたサン=テグジュペリの『人生に意味を』(1956)『人間の土地』(1939)『城砦』(1948)などであろうか。こうした作家たちは、共和国軍の戦列で戦う義勇兵、あるいは本国にニュースを送る戦場ジャーナリストとして参加していたのであり、おしなべて「文学と政治」という二元論的対立の超克への驚くべき実践的努力がうかがわれる。それは別言すれば、個人的な倫理観や世界観に基づく政治参加である。こうした状況に置かれながらも、彼らが内戦期に体験せざるをえなかった、社会主義国ソ連による同盟国であるスペイン共和国への軍事援助と醜悪な政治的支配権の確立、それも非人間的で残酷な政治的粛清をも含む恐怖政治社会に対して、こうした作家たちは厳しい姿勢で批判し、その事実を毅然と公表したのだった。

 余談になるが、かつてアメリカの雑誌に、「日本の思想的状況は、日本人がスペインの内戦を知らなかったことから大きな影響を受けている。つまり、これこそ、戦後民主主義がきわめて脆弱となっている要因なのだ」というある評論家の意見を読んだことがあったが、彼は日本の知識人が、スペイン内戦への参加から得られたような複雑な体験を得ずして、ただ進歩的、左翼的な視座から甘い評価や意味付けをしてすましている点を指摘していたのかもしれない。こうした日本人の知識人の甘さが、ともすれば、彼らの社会参加、政治参加に関して不決断の核心に通底していると言いたかったのだろうか。

 本書は、スペイン内戦勃発80周年を記念して、もう一度この内戦を記録しておこうと、あらゆる分野からの論考を記録したものである。全体で64本、うち、スペイン人はもちろん、フランス人、カナダ人、ドイツ人、アメリカ人研究者や作家、あるいは活動家・実践家の論考は17本。本書の編集に関して、決して自慢するわけではないが、我が国で出版されいる「外国史」あるいは「外国文学」関係書では、日本人だけの執筆陣で原稿をかき集めて編集しているのが通例である。つまり、本書にあるようなその当該国の研究者の「生の見解」が残念ながら皆無なのである。こうした状況について、これでいいのだろうか、という印象を持っていることを表明しておきたい。

 本書は、Ⅰ.スペイン内戦への道、Ⅱ.スペイン内戦の諸相、Ⅲ.スペイン内戦と世界、Ⅳ.スペイン人たちのスペイン内戦、Ⅴ.アナキズムとスペイン内戦、の5章立てである。特徴を挙げるなら、よく見かける無味乾燥な「スペイン内戦」歴史書と異なり、文学、映画、美術、音楽、食生活、絵画、写真など、あらゆる分野における人間生活を詳らかにしている点であろう。また我が国ではほぼ等閑視されてきた、軍部のクーデターを粉砕し、内戦へと展開していくプロセスに重大な役割を果たした果敢なる失敗と惨憺たる成功というべきアナキストの活動や生きざまについて、最後の章でまとめているが、これこそ本書の白眉というべきであろう。



川成 洋 / Yo Kawanari

1942年札幌で生まれる。北海道大学文学部卒業。東京都立大学大学院修士課程修了。社会学博士(一橋大学)。法政大学名誉教授。スペイン現代史学会会長、武道家(合気道6段、居合道4段、杖道3段)。書評家。

主要著書:『青春のスペイン戦争』(中公新書)、『スペインー未完の現代史』(彩流社)、『スペインー歴史の旅』(人間社)、『ジャック白井と国際旅団ースペイン内戦を戦った日本人』(中公文庫)他。

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