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『わたしのイスパニア語の旅』
川成洋

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『わたしのイスパニア語の旅 ─スペインから中南米諸国へ』
市川慎一 著

彩流社
■2017年3月刊
■定価2,500円+税

 本書を紐解いて、なんとも不思議と思うのは、本書の著者は、我が国ではフランス啓蒙思想を専門とする著名な仏文学者である点だ。

 著者のスペイン体験は、1967年、バルセロナ大学での3ヶ月間の夏季スペイン語学研修だった。たまたまこの前年から、フランス政府給費留学生として南仏のモンペリエ大学で研修を受けていたが、スペイン国境に近いこと、それに当時のフランコ独裁政権を忌避してその大学で雑用などの仕事をしている幾人かの元スペイン共和派のスペイン人が同胞と美しいスペイン語で話していたこと、そして著者が生まれた1936年に勃発したスペイン内戦に興味を持っていたこと、などが著者をスペインへ向かわせたのだった。

 それにしても、1967年といえば、1892年生まれのフランコは75歳くらい、フランコ体制の屋台骨が軋み始めていた頃であろう。ちなみに、私も、その2年後の1969年に初めてスペインを経験した。主要都市の散策くらいの旅だったが、ソ連などの共産圏には通過しかできなかった当時、全体主義国家を体験できるのは、唯一スペインだけだった。言ってみれば、20代の野次馬根性からだったのだろう。フランコ独裁体制とはどんなものか、窒息しそうな「公権力の監視の眼」の社会というべきか、それなりに分かったような気がした。

 勿論、著者の興味は、なんといっても、スペイン内戦である。内戦末期から共和国の敗北にかけて、共和派は、フランコ陣営の報復・弾圧を恐れて徒歩でピレネーを越えるが、フランスの収容所は露天だった。さながら野生動物の扱いだった。これが民主主義国フランス政府の対応だった。著者の怒りは頂点に達する。

 次に著者は、支倉常長に率いられた慶長遣欧使節団の末裔とも言われている、セビーリャの南西約12キロのコリア・デル・リオにいる、現在600人余りの「ハポン(日本人)」という姓を持つ人々を見逃さない。

 さらに、支倉が太平洋を渡り最初に到着した国メキシコへと旅の行程が伸びる。メキシコのコリマ大学での「集中講義」10回を担当する。テーマは、ザビエルと日本人の西洋との邂逅、大城立裕と沖縄の歴史的・社会的変遷、司馬遼太郎が見た日露戦争、大江健三郎と戦後世代、など興味深い内容であった。また画家のルイス・ニシザワの自宅訪問、ディエゴ・リベラと藤田嗣治の関係を調査する。

 さらにキューバではヘミングウェイの足跡を追い、アルゼンチンのラ・フラタ大学の国際学会で「オキナワとフクシマ」と報告する。チリでは、スペイン内戦前に、ガルシア・ロルカやラファエル・アルベルティなどの《27年の世代》に詩人たちを親交を結び、内戦期にチリ大使としてマドリードに駐在、内戦終了後チリに戻り、幾多の詩集を発表し、71年にノーベル文学賞受賞した詩人のパブロ・ネルーダ(1904~73)の家(博物館)を訪ねる。

 本書の内容は、人文科学系の学際的研究に他の追随を許さないものの、「地球の徘徊者」という異名を頂戴する実にユニークな旅行・滞在記である。



川成 洋 / Yo Kawanari

1942年札幌で生まれる。北海道大学文学部卒業。東京都立大学大学院修士課程修了。社会学博士(一橋大学)。法政大学名誉教授。スペイン現代史学会会長、武道家(合気道6段、杖道3段、居合道4段)。書評家。

主要著書:『青春のスペイン戦争』(中公新書)、『スペインー未完の現代史』(彩流社)、『スペインー歴史の旅』(人間社)、『ジャック白井と国際旅団ースペイン内戦を戦った日本人』(中公文庫)他。

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