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『スペイン子連れ漫遊記』


宮田渚

『スペイン子連れ漫遊記』
森久美子 著

■東京図書出版 (版元品切)
■2016年9月刊
■定価1200円+税

 著者とフラメンコの出会いは、1枚のレコードがきっかけだった。水玉模様のフリルスカートを着たスペイン女性の印象的なジャケットが目に止まり、そのレコード『スペインギター曲集』に針を落とすと、胸をかき乱されるような激しいギターの演奏が始まり、たちまち虜になってしまったという。その時から彼女はフラメンコ一筋の人生を歩み始める。初めてスペインの地を踏んだ1989年は、海外がまだ遠い時代だった。現地のフラメンコ文化に触れたいと一念発起し、まだ幼い2人の娘を連れて、スペイン各地の教室を訪れながら続けた旅。本著にはそんな旅の思い出が収められている。

 著者はスペイン滞在中に訪れた場所を順番に回想していく。マドリード、アランフェス、トレド、ラ・マンチャの風車の町、アルマグロと南下していき、次いでフラメンコの中心地であるアンダルシアが舞台となる。コルドバではヒターノ(ジプシー)の青年との出会いがあり、グラナダ滞在中は洞窟のフラメンコを見るためにサクロモンテも訪れた。ここでは、マドリードで鑑賞した都会のフラメンコとグラナダの土臭いフラメンコ、同じ舞踊であるとはいえ2つの対照的な舞台を知る。当時、グラナダでは昔の風習がまだ残っており、幼い子供にも観光客の前でフラメンコを踊らせて生活の糧を得るヒターノの家族が少なくなかった。厳しい生活と密着したフラメンコは著者に大きな衝撃を与えた。

 セビーリャ、カディス、カサレスと、アンダルシア各地を巡る旅は続く。もちろん我が子2人を連れた旅は容易ではない。新鮮であると同時に危険な異国の地。日本と異なる生活習慣を受け入れながら、すべてスペイン語で対処していかなくてはならない。けれどもそんな旅だからこそ、二度と得難い感動や発見ができる。地中海の美しい青空や美味しい郷土料理、セビーリャのタブラオで鑑賞した魂をゆさぶるフラメンコの踊り。マラガでは現地在住の日本人小説家との出会いがあり、心の安らぎを得た。アンダルシアを離れた後はバレンシア、カタルーニャと北上していく。まだ日本人観光客の少なかった当時のバルセロナの、誰もいない雨のグエル公園。そこで木々の影から聞こえてきたマルティネーテの唄に、時間が止まった──ふとした瞬間の感動が本著には生き生きと書き記されている。 

 著者のスペイン滞在から30年。今ではプロとして自身のフラメンコを確立し、繰り返しスペインを訪れる人生だ。けれどもスペインがまだ遠かった時代、著者は手探りでフラメンコを学んでいた。スペイン渡航も、最初は命がけだった。現代では通信技術の発達により、海の向こうのニュースも簡単に手に入れることができるようになった。では、フラメンコをある程度まで修練し、さらに技術や表現力を磨きたいと思ったら? この文化の真髄や土地に宿った歴史と芸術を知りたいと思ったら? やはりその時スペインを訪れるのではないだろうか。本著はそんな夢を実現した体験記として読むにも面白い。

■この書籍に関するお問い合わせ先

フラメンコアカデミア<ラ・ダンサアンダルシア>
〒640-8342 和歌山市友田町4丁目1-10
TEL: 073-402-4331
E-Mail: info@la-danza-andalucia.com

森久美子 / Kumiko Mori
フラメンコ舞踊家。1989年、2人の娘と共にフラメンコを求めスペイン各地を旅する。帰国後、舞踊家として活動を始め、1995年に自身 の舞踊団を結成し、全国の小・中・高校の芸術鑑賞会やイベントなどで活躍。1999年熊野体験博覧会、2000年ニューヨーク、2005年 イタリアで『和のフラメンコ』の公演を行い、2012年、2016年には、本場スペインでも公演を開催し、高く評価され絶賛を浴びる。主な 舞踊作品には【津軽三味線 ×フラメンコ 炎の道成寺~清姫伝説~】(2008年)【武道 ×フラメンコ 侍フラメンコ~吉宗~】(2014年・ 2016年)【琵琶 ×フラメンコ 根来伝説~住蛇が池~】(2018年)など、日本人ならではのフラメンコを創作し活躍している。フラメンコ アカデミア<ラ・ダンサアンダルシア>主宰。和歌山フラメンコ協会会長。和歌山県文化アドバイザー。2009年和歌山県文化奨励賞受賞。 2016年和歌山市文化功労賞受賞。

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