ガルシア・ロルカと音楽 その3
下山静香

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 ロルカの人生に、音楽はなくてはならないものだった。前号までに述べてきたように、文学の道に身を投じるようになってからも、音楽は常に彼に寄り添っていたのである。

 グラナダでのロルカは、アランブラ宮殿北側にあるサクロモンテの丘に足しげく通い、そこに住むロマ(ジプシー)の踊り手唄い手たちと交流を深めていた。1920年からは、グラナダに転居してきたマヌエル・デ・ファリャ、言語学者のラモン・メネンデスとともに、サクロモンテや隣接するアルバイシン地区を訪ね、民謡やバラード(物語詩)の収集をおこなっている。ちなみに、美しい白壁と入り組んだ路地が特徴のアルバイシンは、かつてイスラム教徒の居住区であった。ロマの人々と、追放令が出された後もグラナダに居残ったモリスコ(カトリックに改宗したイスラム教徒)たちは、ともに迫害を受ける社会的弱者であり、また外見の親近性もあって、両コミュニティ間には密接な交流があっただろうと推測されている。

 ロルカが少年時代から親しく接してきたフラメンコとのかかわりは、講演や詩作だけにとどまらない。1921年、ロルカは、故郷フエンテ・バケーロス出身のギタリスト2人から本格的なフラメンコ・ギターのレッスンを受け、友人への手紙で、「ファンダンゴ、ペテネラス、タラントス、ブレリアス、ロメラスのカンテ伴奏を習得した」と記している。カンテ・ホンド・コンクールに向け、ファリャとともに準備を始める頃のことであった。

 『ジプシー歌集』を刊行して名声が一気に高まった翌年(1929年)、ロルカはニューヨークのコロンビア大学に短期留学している。アメリカ滞在を終えてスペインに戻ったロルカは、ラ・アルヘンティニータと再会する。

 “ラ・アルヘンティニータ”、本名エンカルナシオン・ロペス(1898-1945)は、国際的に大人気を博し、スペイン舞踊の発展にも寄与したレビュー・スターである。

 彼女は、これより約10年前の1920年に、すでにロルカと仕事をしていた。ロルカ初の戯曲である《蝶の呪い》の初演舞台で、蝶の役を踊ったのだ。(この作品は大衆には受け入れられず、たった4回の上演でお蔵入りの憂き目にあってしまったが……。)ラ・アルヘンティニータは、華やかに活躍しながらも1926年に一時活動を休止、その後「27年の世代」との共同作業でステージに復帰する。

 「27年の世代」と呼ばれるのは、1927年に詩人ルイス・デ・ゴンゴラの300回忌を記念して開かれた行事で重要な役割を果たしたメンバーを中心とする詩人や知識人たちで、ロルカもその1人であった。奇しくも同年生まれの2人が1931年におこなったコラボレーション —— それは、ラ・アルヘンティニータの歌とロルカのピアノ伴奏による、スペイン民謡のレコーディングである。

 

「ロルカのスペイン民謡」(SONIFOLK盤)
F.G.ロルカ(ピアノ)/アルヘンティニータ(歌)

 

 収録されたのは、グラナダで夏になると聞こえてくる〈三枚の葉〉、アルバイシン界隈でクリスマスシーズンに歌われていた〈4人のラバ曳き〉、ロルカがミュージシャンの叔父から教わっていた〈カフェ・デ・チニータス〉、グラナダで長く歌い継がれる〈かわいい巡礼者たち〉、セビジャーナスの定番の1つ〈18世紀のセビジャーナス〉、15世紀編纂の《王宮の歌曲集》にも収録されている古謡〈ハエンのモーロ乙女たち〉、のちの内戦期には共和国陣営の替え歌として愛唱された〈アンダ・ハレオ〉、もの悲しい〈セビーリャの子守唄〉、アルベニスのピアノ曲にも登場する〈ラ・タララ〉、ファリャが自作曲のモチーフとして繰り返し使った〈ソロンゴ・ヒターノ〉、などであった。

 これらは現在「ロルカのスペイン古謡」として知られ、スペイン歌曲の重要なレパートリーであるだけでなく、ロルカと関係の深いフラメンコの世界でも定番となっている。「ロルカ作」と誤解されることもあるが、正しくは「ロルカ編」であって、すべてロルカが幼少時から親しみ、またフィールドワークで収集したであろう、正真正銘の「民謡」である。 

 民謡とは本来、人から人へ口伝で歌い継がれることで命を保つものだから、楽譜があるわけではない。ロルカは、このプロジェクトのために、民謡の旋律に和声づけを施し、ピアノ伴奏譜も書き記した。ごく何曲かの伴奏については作曲家の友人が手伝ったとされるが、ほとんどがロルカ自身のアレンジによるものであることは、彼の音楽的素養からしてほぼ間違いないだろう。その「音楽的素養」は、実際の音源で、ロルカの奏する絶妙な伴奏ピアノを聴けば明らかなのである。

 このレコーディングに関するインタビューで、ロルカは「繊細で威厳があり、気高くて味わい深い、しかし芸術としての様式を具えたものを創りあげたかった…」と語っている。彼のピアノが素晴らしいのはもちろんのこと、ラ・アルヘンティニータの歌も、民俗的な雰囲気を残しながら芸術としての気品もたたえる、味わいあるものである。また、曲によっては、彼女のカスタネットやタコネオ(サパテアードの足音)も入っていて、貴重な音源となっている。

また、ロルカは、詩人としての見地から、長く受け継がれてきた伝統的な歌詞の美しさを認め、「名もなき民衆が生んだこれら素晴らしいことばを前に、われわれ詩人はもはや口をつぐむしかない」と述べてもいる。

 この録音プロジェクトは、「民衆の真の魂を伝える歌」の復興という点で、ファリャとともに開催したカンテ・ホンド・コンクールと目的を同じくし、また、その目的は果たされたといえるだろう。

 故郷の民謡、そして音楽を深く愛したロルカによって、形として残ることとなった《スペイン古謡集》は、スペイン音楽の宝の1つとして今も輝き続けている。



下山 静香 / Shizuka Shimoyama

桐朋学園大学卒。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員として渡西、マドリード、バルセロナほかで研鑽。NHK-BS、Eテレ、フランス国営ラジオなどに出演。海外アーティストとの共演多数。CD《ゴィエスカス》《ショパニアーナ》など10枚、共著は10冊以上を数える。翻訳書『サンティアゴ巡礼の歴史』。2015年より「下山静香とめぐるスペイン 音楽と美術の旅」ツアーシリーズを実施。桐朋学園大学、東京大学 非常勤講師。日本スペインピアノ音楽学会理事。

www.facebook.com/shizukapianista17
裸足のピアニスト・下山静香のブログ ameblo.jp/shizukamusica

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