2018年10月
第33号からお贈りしている「ハバネラ」をめぐる物語。今回は、新大陸での広がりをみていこう。
19世紀前半にキューバで生まれ、当時の宗主国スペインを通じてヨーロッパに広く知られるようになったハバネラ(スペイン語ではアバネラ)。メキシコやアメリカでも流行をみて、もちろん南米大陸へも伝わっていった。スペインやポルトガルと植民地を行き来した人・物・そして文化は、船が発着する港を経由する形が主流だったから、港を擁するブエノスアイレス(アルゼンチン)やモンテビデオ(ウルグアイ)周辺にハバネラが上陸したのも自然なことであろう。ラプラタ川流域のこのエリアにもたらされたハバネラが独自の発展を遂げたものといわれるのが、「ミロンガ」である。パンパ(大草原)に伝わったものはガウチョたちがギターで弾き語る叙情的な歌謡となり、都市部の下町あたりでは速いテンポと力強いリズムをもつ舞曲となった。
「ガウチョ」という言葉は、ここ数年ファッションの世界でガウチョ・パンツなどが流行っているので、耳にしたことがある方も多いと思う。「カウボーイ」と訳されていることもあるが、西部劇的なカウボーイをイメージするとちょっと様子が違ってしまう。とはいえ、北米のカウボーイも、先人はメキシコを拠点としていたスペイン人。南米のガウチョと同じルーツではある。アルゼンチンのガウチョは、開拓にやってきた、または社会からはぐれた入植スペイン人がパンパに住み着いたところから始まっている(やがて先住の人々と混血していく)。馬を巧みに乗りこなして牛追いをする彼らは、スペインから持ちこまれたギターを自分たちのスタイルで演奏するようになる。そのなかで生まれたミロンガには、厳しい自然の中で生きるガウチョの心情を歌うものが多いが、そのリズムには確かにハバネラの痕跡が感じられる。
一方、都市型のミロンガは、ラプラタ川両岸におけるタンゴの誕生に大いにかかわることになる。1880年に首都になったばかりのブエノスアイレスの下町、港に面したボカ地区で育まれた初期のタンゴには、ハバネラ-ミロンガのほか、かつてはこのあたりに多く居住していた黒人系住民の行列音楽カンドンベ、ヨーロッパから輸入されたポルカなど、複数の要素が入っているといわれている。さらに、このエリアに急増したイタリア系移民の音楽性も影響を与えたと考えられる。ちなみにダンス面に関して言えば、男女が密着して踊るスタイルは、ワルツからきた要素である可能性も指摘されている。
当初は売春婦と客が場末のカフェや酒場で踊るいかがわしいダンスというイメージが強かったタンゴも、次第に形が整い、音楽のレベルも上がって受け入れられていく。タンゴが「ポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)の誇り」として市民権を得るに至ったのは、タンゴ界永遠のアイドル、カルロス・ガルデルの国際的な活躍によるところが大きいのだが、ここから先はまた、別のお話──
そんな風に様々な地域の音楽に入り込んだハバネラは、故郷キューバにも逆輸入のような形で舞い戻る。そして19世紀末頃に「ダンソン」という舞踊音楽に変化することになる。danzónは、danzaに拡大辞がついた語だが、ここでいうダンサ(danza)は「コントラダンサ・アバネラ」が省略された呼び名。要するに、ダンサ(=ハバネラ)に比べてより庶民的でダイナミックだったことから、拡大辞つきで「ダンソン」と呼ばれたわけである。しかしその流行は1910年代までで、やがて「チャチャチャ」の誕生につながっていく。歯切れの良いリズムを持ち踊りやすいチャチャチャは、1950年代に世界的な流行をみるのだった。
そして我が国では? というと、ハバネラのリズムは例えば《枯れすすき》(1921年、野口雨情による民謡。のちに歌謡曲《船頭小唄》となる)にみられるし、終戦から3年後に近江俊郎が歌いヒットした《湯の町エレジー》もハバネラ調。そして演歌の源流ともいわれる《別れの一本杉》(1955年)は、船村徹が歌劇《カルメン》のハバネラをヒントに書いたものである。演歌にハバネラ、なるほどとても相性が良い。
船頭小唄(枯れすすき) 書生節 (Cover version)
船頭小唄(枯れすすき) 書生節 (Cover version) Sendoukouta 作曲: 中山晋平(著作権消滅) 作詞: 野口雨情(著作権消滅) 書生節演奏:昭和ロマンを楽しむ会 …
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と、カルメンのハバネラに話が戻ったところで、世界を駆けたハバネラの旅はこのへんで一区切りとしよう。次回はどんな舞踊音楽が登場するのか、どうぞお楽しみに。
下山 静香 / Shizuka Shimoyama
桐朋学園大学卒。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員として渡西、マドリード、バルセロナほかで研鑽。NHK-BS、Eテレ、フランス国営ラジオなどに出演。海外アーティストとの共演多数。CD《ゴィエスカス》《ショパニアーナ》など10枚、共著は10冊以上を数える。翻訳書『サンティアゴ巡礼の歴史』。2015年より「下山静香とめぐるスペイン 音楽と美術の旅」ツアーシリーズを実施。桐朋学園大学、東京大学 非常勤講師。日本スペインピアノ音楽学会理事。
www.facebook.com/shizukapianista17
裸足のピアニスト・下山静香のブログ ameblo.jp/shizukamusica
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