下山静香の音楽の時間

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スペイン◆舞踊と音楽の物語 その4


下山静香

ファンダンゴ(1)

 「ファンダンゴ」はどれだけ認識されているのだろうか。例えば、フラメンコにかかわっている方々にとっては基本用語の1つ。「ファンダンゴ・デ・ウエルバ」や「ファンダンゴ・デ・グラナダ」などでおなじみのパロ(曲種)だからである。お笑い好きなら、かつて存在した吉本興業子会社の名称が頭に浮かぶかもしれない。では、クラシックの世界では? というと──実は、スペイン系音楽の愛好家でない限り、「ファンダンゴ」はすぐにはピンとこない言葉だったりするのだ。実際、「それ、どういうお団子?」と訊かれたことが何度もあるのはホントの話。

「ファンダンゴ」は、ホタやセギディーリャスと並んで、もっともスペインらしいとされる民俗音楽・舞踊だ。17世紀のうちにはすでに存在したとされ、やがてクラシック、フラメンコの世界でも発展、さらには中南米やフィリピンといった旧植民地にも様々な痕跡を残した。「スペイン舞踊と音楽」その1〜3で取り上げたハバネラにも劣らぬ、膨大なバリエーションとグローバルな広がりを持つものなのである。

 ところで、「ファンダンゴ」という名がどこから来ているのかははっきりしていない。ラテン語の「fatus(宿命)」から転じたポルトガル語の「ファド」を語源とする説、アフリカのバントゥー系言語からの影響を認める説などがある。中南米のスペイン語圏では17世紀以降、人々が集い、歌と踊りと演奏で盛り上がる宴が「ファンダンゴ」と呼ばれていたのだが、下流の人々の娯楽を蔑視するような文脈で使用されることも多かったという(有り体に言ってしまえば、酒に酔った男女が騒ぐ少々不道徳な場でもあったのだろう)。

 スペインでは、17世紀末頃の文書にすでに「自由気ままな踊り」という記録があるほか、1735年の『Diccionario de Autoridades』には「ファンダンゴは、新大陸に滞在していた者たちによってスペインにもたらされた」とある。そのようなことから、チャコーナ(シャコンヌ)やサラバンダ(サラバンド)と同様に中南米発祥説が優勢なのだが、逆にメキシコで今も愛好されるファンダンゴはスペイン人たちがもたらした踊りに由来するとも云われる。いずれにしても、ファンダンゴは「イダ・イ・ブエルタ ida y vuelta」的な性格を持ち、中南米とスペインを行ったり来たりしながら育てられたものと言えそうである。

 中南米における「ファンダンゴ」は、次第にそれぞれの地で固有の呼び名に置き換えられていく(例えば、ベネズエラでは「ホローポ」に)。スペインでは、現在も各地に多様なファンダンゴが存在するが、地域によってはファンダンゴとホタが互いに影響し合うなど複雑な様相を呈していて、バスク地方のファンダンゴなどはかなりホタに近い性格を持つのが興味深い。

 いずれにせよ、フォルクローレとしてのファンダンゴは、徐々に上流階級にも波及して芸術音楽の世界に取り入れられ、様々な楽曲が生まれることになるのである。

 芸術音楽として現れたファンダンゴで、現存する最初期の作品とされるのは、意外にもフランスの作曲家ジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)によるものだった。1726年/27年頃に作曲された《三本の手》というクラヴサンのための作品は、明らかにファンダンゴ的な特徴を備えている。しかし、曲全体の和声構成はファンダンゴの典型的進行よりも複雑で、ゼクエンツ(同形反復)の使用も美しく、洗練された曲調となっている。その流れの中に、スペイン的な熱さを感じさせる「ファンダンゴ印」が現われるのがなんともニクいのだ。さすがは近代和声理論の基礎を確立させた作曲家、ラモーである。

ジャン=フィリップ・ラモー

 純粋なファンダンゴ・スタイルの初期作品として有名なのは、スペインに長く居住しマドリードで亡くなったイタリア人、ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)晩年の鍵盤曲で、その名もズバリ《ファンダンゴ》。スペイン音楽にみられる東方的特徴の1つ「ミの旋法」が使われ、リズムはまさにスペイン舞踊のキャラクター、和声はこれでもかと主和音と属和音を繰り返していく単純なものだ。ミニマル・ミュージックの例を出すまでもなく、反復はトランスを誘う。また、循環和声は旋律の即興にも適しているため、続けたければ好きなだけ続けられるのである。民衆の精気が息づくこの曲から、ギターとカスタネットの伴奏で疲れるまで踊っていた人々の熱狂が想像できる。

ドメニコ・スカルラッティ

 18世紀に書かれたファンダンゴ作品は少なくなく、それはスペイン国内にとどまらない。現在のドイツに生まれウィーンとパリで活躍したグルックがバレエ音楽《ドン・ジュアン》で取り入れたのが1761年、その四半世紀後には、あのモーツァルトもオペラ《フィガロの結婚》(1786年)にファンダンゴを挿入しているのである。ドン・ジュアンとはもちろん、17世紀スペインの好色放蕩な貴族ドン・フアンのこと(ただし伝説上のキャラクター)。《フィガロの結婚》はセビーリャの伯爵邸で展開する物語だから、ともにスペインが舞台であり、スペイン的な雰囲気を演出するためにファンダンゴが使われたというわけである。つまり、この時代にはファンダンゴがすでに国際的に知られ、「スペイン的な舞踊音楽」として確立していたということになる。

 ファンダンゴを踊りたくなってきたところで、今回はこのへんで。次号でさらにファンダンゴの世界を探っていくこととしよう。



下山 静香 / Shizuka Shimoyama

桐朋学園大学卒。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員として渡西、マドリード、バルセロナほかで研鑽。NHK-BS、Eテレ、フランス国営ラジオなどに出演。海外アーティストとの共演多数。CD《ゴィエスカス》《ショパニアーナ》など10枚、共著は10冊以上を数える。翻訳書『サンティアゴ巡礼の歴史』。2015年より「下山静香とめぐるスペイン 音楽と美術の旅」ツアーシリーズを実施。桐朋学園大学、東京大学 非常勤講師。日本スペインピアノ音楽学会理事。

www.facebook.com/shizukapianista17
裸足のピアニスト・下山静香のブログ ameblo.jp/shizukamusica

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