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acueducto 6 特集「マリオ・バルガス=リョサ氏来日」

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マリオ・バルガス=リョサと2人の日系人


立林良一

 

 3月11日の東日本大震災による福島での原発事故にもかかわらず、バルガス=リョサ氏の来日が予定通り実現したことは、私たち愛読者にとって大変喜ばしいことであった。通算3回目となる来日のニュースは新聞各紙で報じられ、この現代作家に対する関心の高さを印象づけた。

 前回の来日は22年も前の1989年10月のことであったが、このときは翌年のペルー大統領選出馬を正式に表明した直後で、大統領就任後を見据えて日本との関係強化を図ることが主たる目的であった。そのため当時の海部首相や、石原慎太郎氏を始めとする自民党の国会議員、経済界の要人らとの会談をこなすのに忙しく、作家としての顔はほとんど見せないまま慌しく帰国してしまった。その時点で彼の当選はほぼ確実視されており、よもや4月の投票日直前になって、まったくノーマークだった日系2世のアルベルト・フジモリ候補が急浮上して第2位となり、6月の決選投票で圧倒的大差をつけ逆転当選することになろうとは、誰にも予想だにできなかった。

 思いもかけない結末を迎えたことでペルーという国が俄然日本で話題となり、バルガス=リョサの知名度も上がったが、早くから小説家としての彼の存在に注目してきたファンにとっては複雑な思いであった。それから22年が経ち、かつての大統領は今や禁錮25年の有罪判決が確定して首都リマの獄中にあり、落選した作家はノーベル賞受賞者として3度目の来日を果たした。禍福は糾える縄の如し、との思いを禁じ得ない。もっとも、元大統領の長女で国会議員のケイコ・フジモリ氏が、6月初めの大統領選決選投票で、敗れはしたものの、退役軍人のウマラ氏と接戦を演じており、父親の運命にもまだまだひと波瀾、ふた波瀾ありそうな気配である。

 思いもかけない形でバルガス=リョサの人生に日系人が大きく関わることになったわけだが、日系人ということで想起されるのは、初期の代表作『緑の家』に主人公の1人として登場するフシーアである。ブラジルの刑務所を脱獄してペルーの密林地帯に逃げ延びてきたこの野心的な男は、インディオを手下に従えてのし上がっていくが、最後は病に体の自由を奪われ不本意な晩年を送ることになる。小説のもう一方の主人公で、ピウラという町を大きく変貌させるアンセルモが安らかな最期を迎えるのとは対照的で、2人のコントラストは読者の心に強い印象を残さずにはおかない。フシーアのモデルになったフアン・土屋という日系人の存在をバルガス=リョサが知ったのは、学生時代に先住民調査団の一員として初めてペルー北部の密林地帯に足を踏み入れたときのことであった。

 未開のジャングルで好戦的部族のボスとして君臨している日系人の存在が、作家としての想像力を強く刺激し、『緑の家』という傑作の誕生に重要な役割を果たした一方で、もう1人の日系人は彼から、手に入れかけていた大統領の座を奪うことで、作家という彼の天職を守ってくれた。今回の来日がキャンセルされなかった背景には、そうした日本との関わりに対する何か特別な思いが作用していたのではないか、という気がしてならない。

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