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acueducto 40 特集「私の道にスペイン語があって。」

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始まりはラテン音楽


伊藤嘉太郎
赴任先のメキシコにて。左から2人目が筆者。

El comienzo fue la música latina.

始まりはラテン音楽

 半世紀あまり前。20歳代半ばに赴任したメキシコの現地会社で耳に奇異に響いたのが、¿Quiúbole?*1 ¡Ándale, pues!*2 ¿Mandeee?*3 ¡No, mano!*4 ¡Sí, cuate!*5 などの短い言葉だった。これは一体なんだ?と訝った。いわゆる俗語表現で、現地では親しい間柄でごく普通に使われている。さらにやっかいなのはお悔やみの言葉である。“Mi más sentido pésame.”という短い表現があるが、気持ちを込めてこうした日常表現を実際に口にするのは、何度経験してもよそ者には難題だ。

 スペイン語に関心を抱いたきっかけは、その昔高校時代に流行ったトリオ・ロス・パンチョスやディアマンテス等に代表されるラテン音楽である。軽やかで歯切れのよい心踊るようなテンポのギターメロディーに乗って唱われる歌詞がスペイン語だと知ってから、なんとしてもこの外国語を習ってラテンアメリカへ行きたいものだと夢想した。当時はまだ南米移民が行なわれていた。奇しくも地元の外国語大学にイスパニア学科が新設され、第 1 期生として入学したのがスペイン語の学びのスタートだった。大学では実に素晴らしい先生方や友人との出会いがあり楽しく学ばせてもらった。卒業後は海外事業拡大を目指していた電機メーカーに入社し、冒頭のメキシコ赴任へと繋がり夢が現実になった。

 この赴任先は現地資本との合弁会社で、経営を巡って度々トップ会談が行われ、その都度通訳を仰せつかった。これは他に代わる人がおらず逃げ場のない仕事で、実にストレスが多かったが、語学力を高めてくれたことは確かである。長時間の会議でも自分なりに通訳メモの取り方を工夫し、後でまとめの議事録とは別に会議での双方の発言内容をかなり再現することができた。会議に不参加の関係者はこれで会議の雰囲気がよく分かると喜んでくれた。一方、日常業務ではマーケティングを担当し、社内のセールスミーティングで定期的に販売施策等を説明した。するとやり手の現地人のベテラン営業部長が、必ず最後に決まり文句で“El que pega primero pega dos veces.”(先手必勝)だ、他社に負けるなと言って、口は悪いが実に個性豊かだったセールスマンたちを叱咤激励したのを今でもよく覚えている。
また、ビジネスの場面で最初に苦労するのは顧客との電話である。特に、話の中で数字が出てくると慣れないうちは即座に頭に残らず戸惑ってしまう。万や億のつく大きな数字は、われわれ日本人が慣れ親しんでいる言い表し方とは異なるからだ。数字の聴き取りと口にするのはその気になって鍛えないとまず身につかない。

 長年ラテンアメリカに関わって定年退職後、縁あってある大学の非常勤講師としてビジネススペイン語講座を受け持った際、テキストはすべて手作りして意図的に大きな単位の数字をたくさん例文に入れ込み、受講生にしつこく音読を課した。こうした様々な経験を踏まえ、本誌でビジネススペイン語講座を 20 回に亘って担当させてもらった。

 今は気に入った原書を買い求めて読むのを楽しみにしている。

*1 ¿Qué tal? のくだけた表現。どちらかというと男言葉。
*2「OK、わかった、それじゃまた」と場面により様々な意味がある。
*3 元々は命令形の mande(お命じください、何かご用ですか)で「何か用?」、「何か言った?」という意味。 ” マンデー ” と語尾を長く延ばして言う。
*4, *5 mano も cuate も「友達、仲間」で、メキシコの親しい間柄での俗語表現。



伊藤 嘉太郎 / Yoshitaro Ito

長年の海外経験を活かし、大学でのビジネススペイン語非常勤講師などを歴任。

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