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acueducto 40 特集「私の道にスペイン語があって。」

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直感がスペインへと


下山静香

La intuición me llevó a España.

直感がスペインへと

 文化庁の在外芸術家研修員としてスペインに渡ったのは、20年前のことです。「スペインでピアノ修業をする!」と決めたものの、スペインに留学した先輩の話は聞いたことがない。インターネットもまだ今ほど普及しておらず、住む場所1つにしても何をどう調べたらよいのかわからないような状態でした。「こうなったら、とにかく行ってしまうしかない!」と、小さなトランク1つ携えてマドリードに降り立ったところから、私のスペイン体験は始まりました。

 そして、数日後に落ち着いた安オスタルの部屋を当面の拠点に、何事も体当たりのスリリングな毎日が過ぎていきました。そのなかで痛感したのは、「ことばができなければ何も始まらない!」ということでした。スペインの人たちはコミュニケーション能力が高く、とにかくよく喋る。困っていれば誰かが助けてくれましたが、いざ生活するとなると、自力で乗り越えなければならない局面も多々出てきます。「以心伝心」「阿吽の呼吸」「忖度」など存在しない世界で、「言いたいことが言えない」のは「自分がそこにいない」のと等しいような気がして、時々切なくなりました。それは、スペインに発つ前、ピアノで息詰まって「音楽で表現したいことがあるのに、うまく伝えられなかった自分」と重なるものでした。その閉塞感から自由になって、本来の自分を取り戻したかった私が「スペイン」に引き寄せられたのは、スペインならきっとそれが果たせる、という直感が働いたからかもしれません。そのためには、音楽の修業だけでなく、メンタリティとも密接にかかわる「言語」領域を豊かにすることがとても大事に思えたのでした。

 こうしてスペイン語熱に火がついた私は、学校と家とで毎日5〜6時間の勉強を続けました。おかげで3ヶ月後には、早口会話が飛び交うアルモドバル監督の映画が理解できるようになっていて、我ながら驚いたものです。それは、こちらのレベルに構わずマシンガントークを浴びせてくれた、人懐こく愛すべきスペイン人たちのおかげでもあります。

1999年、ブルゴス県の村コバルビアスの講習仲間たちと。
サラゴサ出身のピアニスト、故ルイス・ガルベ邸にて。ヘオルヒーナと筆者。

 スペイン語を教えるにあたって心掛けていることがあります。文法「を」教えるのではなく,文法「で」教えるということです。本誌のこれまでの連載では,アカデミックな文法書や一般の学習書とは異なる用語や説明をあえて使用した箇所があります。間違っているのでは?と思われた読者もおられるでしょうが,私なりの工夫を試みたつもりです。

 コミュニケーションとは必ずしも、言語を正確に操れば済むというものではない。相手から時には予想のつかない球も飛んでくるし、ちょっとしたニュアンスが伝わり方を左右したりもする。けれど、常に真摯に、心を開いていれば恐れることはないのだという実感が重なるうちに、聴き手に音楽を届ける演奏家としての姿勢にも通じると思うようになりました。

 そういえば、印象に残っていることがあります。ホアキン・ロドリーゴ生誕100年を記念して企画された、R.アルベルティの詩とロドリーゴのピアノ曲のコラボ公演に出演したときのことです。当時私は、日本ではまったく触れたことがなかったロドリーゴのピアノ曲に取り組んでいたのですが、片っ端から弾いていくうちに、その音楽から「カスティーソなスペイン」を感じとれるようになっていました(ロドリーゴの音楽の特徴に「ネオ・カスティシスモ」がある)。そしてこの日の舞台で、ピアノの前に座ってアルベルティの詩が朗読されるのを聴きながら、カスティーリャ語の響きってロドリーゴに合うなぁ、とも感じていました。

 終演後、聴きに来てくれていたスペイン人の男の子いわく、

「シズカってほんとうは強い人なんだね。今日の演奏を聴いてわかった気がするよ」。

 マドリードでひとり奮闘しながら、毎日目にする建物やすれ違う人々にパワーをもらい、ロドリーゴを弾いて……質実剛健なカスティーリャが私にもちょっぴり宿ってきたのかな、と嬉しくなった瞬間でした。

 その後バルセロナ、サラゴサと移り住み、仕事の関係で帰国することになりましたが、スペインで暮らした日々は私の中で輝き続けています。そして、〈Quien no se aventura, no pasa la mar. 冒険しない者は、海を渡れない〉—— あの頃の心意気を失わずに、まだまだチャレンジしていきたいと思う今日この頃です。     



下山 静香 / Shizuka Shimoyama

桐朋学園大学卒。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員として渡西、マドリード、バルセロナほかで研鑽。NHK-BS、Eテレ、フランス国営ラジオなどに出演。海外アーティストとの共演多数。CD《ゴィエスカス》《ショパニアーナ》など10枚、共著は10冊以上を数える。翻訳書『サンティアゴ巡礼の歴史』。2015年より「下山静香とめぐるスペイン 音楽と美術の旅」ツアーシリーズを実施。桐朋学園大学、東京大学 非常勤講師。日本スペインピアノ音楽学会理事。

www.facebook.com/shizukapianista17
裸足のピアニスト・下山静香のブログ ameblo.jp/shizukamusica

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