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acueducto 33 特集「エル・ブジのもたらしたもの」

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マドリード・フュージョン2018から


小林由季

マドリード・フュージョン2018から
Madrid Fusión 2018

 

 世界料理学会「マドリード•フュージョン(以下MF)」が、世界の料理界の傾向をマークする指標になって久しい。エル・ブジが閉店し、スター不在と思われたその後も逆に、学会の発表はより自由に、講演をするシェフたちも多種多様になってきた。

 2018年に16回目を迎えた今年のMFで、主催者ホセ•カペル氏は「第4世代」の存在を強調した。もう何年も大御所たちは不在だが、今年のプログラムに名前を連ねたシェフも新顔が多い。MFはフェランや「ノーマ」のレネ•レゼピがMF登場後に一気に世界レベルになったように、常に「新人開拓」「新傾向開拓」に余念がない。挑戦する精神は保たれたままだ。

 カペル氏は「年齢や年代で厳密な括りがあるわけではない」と断りながらも、第1世代としてヌーベル・キュイジーヌの流れを汲み、新バスク料理を築いてきたアルサックやスビハナを置く。その次の第2世代はフェランやマルティン•ベラサテギ、ルイス•アンドーニ、カルメ•ルスカジィーダ等々。第3世代は、この第2世代に属するシェフの下で力を付けたシェフたち、つまり、ダビッド•ムニョスやエネコ•アチャ、ロドリゴ•デ•ラ•カジェらになる。そして第4世代が今回MFで登場したウエスカ県のトニーノ•バリエンテ、クエンカ県のヘスス•セグラらだ。

第4世代のシェフ、アルゼンチンのヘルマン・マルティンテギ

 フェランが築き上げた料理と科学の融合という金字塔は、あまりに衝撃的かつ革新的だった。スペインのシェフたちはそれを学習し模倣し、改良してゆくしか道がないように見えた。その中で、パンクルックに身を包み(それは登場当時には相当な話題を醸したものだ)アジアに傾倒したダビッド•ムニョスや、青果の世界に執拗な研究心を見せるロドリゴ•デ•ラ•カジェ、プランクトンを始めとする海の世界に新境地を追いかけるアンヘル•レオンら第3世代が登場する。

 この世代にはミシュラン店で修業してきたシェフが多い。彼らは雨後の筍のように発生する高級店の中で、「オリジナル」であること、得意分野があることが強みとなることを示してきた。メディアでの露出、ビジュアルの大事さも相当に意識する世代だ。

 その後、MFには未発見食材や南米料理のブームが来る。それは南米のシェフがこぞって登場した2011年前後が顕著だった。ペルーのガストン•アクリオが登場してキノアを紹介すると、ペルーでは翌年キノアの輸出量が2倍になる。ブラジルのアレックス•アタラが試食に蟻を出すと、数年後には欧米で食用昆虫のパックが商品化され店に並ぶ。MFを通じて、南米のシェフらは地元の料理や食材が世界的に認識されることに貢献し、同時に欧米のシェフたちは一気に料理の世界地図が広がったと感じたものだ。

 前述のガストンを始め、2017年にMFに登場したベネズエラで従来のカカオ経済を変えようとするマリア•フェルナンダや、移民立国のアルゼンチンで敢えて原住民のルーツ食材を探るヘルマン•マルティンテギらは、南米独特のローカル素材のグローバルな認識を目指した好例だ。彼らの共通点は、南米食材や料理の世界的な認識を求めつつ、ローカル性を尊重する姿勢だ。深い郷土愛。それが第4世代に受け継がれてゆくようだ。

 ひとつのエポックはそれが終わってみないと、その定義を探すのは難しい。第4世代は今始まったばかりだ。だが、今年第4世代の発表を見ていて共通した傾向は、「肩の力が抜けた」ということ、料理や料理人がグローバルからローカルに戻って来たという点だと思う。第4世代と言われて登場したシェフたちは、「好きなものが最初からわかっている」という印象だ。ローカル性が彼らにとって基本であり、世界に発信云々も興味がなさそうに見えるほどの自然体。彼らは世界の最新の素材探しもせず、新しい道具を発明もしない。大規模に大学や研究所とのコラボもしない。

 小さなセミナーで酢に対する情熱を語ったクエンカ県のヘススは、酢を取るためにワインを醸造し、効率的に酸化させるためにワインにポンプを入れたら、レストランの倉庫中が酢浸しになってしまったという失敗談を披露していた。自分の手で作ることにこだわり、その後も執拗にリンゴ酢、麹酢、麦酢、あらゆるものから酢を作ってレストランの料理の幅を広げている。

 一方、ウエスカ県のトニーノのこだわりはバルの「カウンター」だ。最初の店は8㎡のカウンター席のみ。店が成功し、新店舗へ引っ越す際もカウンター熱はそのまま。カウンターからキッチンが眺められることにこだわる。彼が作った髄とホタテを使ったオムライスのような一品は凄いボリュームで、格好つけないパフォーマンスが受けていた。

トニーノ・バリエンテによる、髄とホタテを使ったオムライス風の一品

 内に籠るマニアックという印象がある第4世代。彼らはスペイン料理界の発展を当然のものとして育った世代だ。流行に流されずにオリジナルであるために、自分の土地に根を張り、好きなことを続けるという姿勢が見える。それは至極誠実で、好感度が高く、料理人の最初の魂が戻って来たようにも感じる。モードは必ず一巡する。スペイン料理界は、静かにその分岐点に来ているのかもしれない。

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